シルフィー/友に託された未来
「ちょっと待って……そんなの賛同できるわけないじゃない!!」
ロゼちゃんの言葉を聞いてリサが語気を強めた。母親の大声を聞いて驚いたのか、眠っていたカヤちゃんが泣き出す。
「あ、ごめんなさいカヤ」
リサはカヤちゃんをあやしながらロゼちゃんに言う。
「あなたが提案した、アキトくんを見守るという案には全面的に同意するわ。でも、もう一つの方は賛同できない」
部屋から出て来たロゼちゃんが提案した内容は二つ。アキトくんを異世界に送り、見守って欲しいということと……。
「ロゼちゃん、本当にそれしか策は無いの? いくらなんでも自分自身を【空間断絶】で幽閉するだなんて」
「そうですよローゼリア殿! リスクが大き過ぎます!」
「これしかないよ、シルフィー、シズちゃん。それに、潜入を志願したシズちゃんなら、私の気持ちはわかるでしょ? 私は仲間を、この世界を、そして子供たちを守りたいの」
「っ……それは……」
ロゼちゃんは力強い眼差しで言い切った。長年一緒にいるから分かるけど、これはテコでも動かないやつだ。
私は観念し、2人に言う。
「2人とも、こうなったロゼちゃんを説得するのは不可能だよ」
「でもシルフィー!」
「リサ」
ロゼちゃんはリサに真剣な眼差しを向ける。
「あなたが私の事を忘れてしまっても、シルフィーが覚えてる。シルフィーから話を聞いて私の事を思い出してくれればそれで良いよ」
「……そんなの……」
ロゼちゃんは時間稼ぎをするために自分自身を【空間断絶】の異空間に閉じ込めると言い出した。
アキトくんにクロノスの力が継承された今、ロゼちゃんのクロノスの力は衰退を始めている。近い将来、それは完全に失われ、サイナスの封印は解けてしまう。だから、ロゼちゃんは自分の時間を止めることでそれを防ぐアイデアを思い付いた。
でも、それには大きな代償が伴う。
【空間断絶】を自分自身に放つ場合、その反動でロゼちゃんの存在が無かったことになる。
つまり、ロゼちゃんは初めからこの世界にいなかったことになり、この世界の人々の記憶から『ローゼリア・ステルケンブルク』という存在が消える。
リサはそれに対して反発しているのだ。
「それでも私は賛同できない……大切な仲間のことを忘れてしまうなんて出来ない……忘れられてしまうというのは、死ぬことよりも辛い事なのよ!? サイナスが復活しても私が何とかするから考え直して!」
「リサ最近さ、箸を使わなくなったよね?」
唐突にロゼちゃんがそう言い出した。そして、そんなロゼちゃんの言葉にリサは目を見開いて固まっている。
「もう指がまともに動かないんじゃないの?」
「……それは……」
リサはサイナスから『ネクロドール』という呪い術式を受けた。それは最上級の呪いの1つで、体が生きたまま人形化していく呪いだ。それにより、リサさんはもう箸を扱えない状況にあるらしい。
「リサにも時間は残されていないの。そして私にも。だから私たちに出来ることは次世代に未来を託すこと。違う?」
「……」
リサはカヤちゃんをぎゅっと抱きしめながら言う。
「この子には、平和な世界を生きて欲しかった……」
「その気持ちはよく分かるよ。私も、アキトには争いの無い世界で生きて欲しかった。でもそれは今のままじゃ叶わない。それに、私がやろうとしていることは自己犠牲なんかじゃない。いつか必ず、サイナスを倒す準備が整ったら私は目覚める。そして、シグルドや成長したカヤちゃんやアキトと共にサイナスを倒し、平和な世界を自らの手で掴み獲る! それじゃダメかな?」
「……」
リサは納得した様子で顔を上げる。
「ダメじゃない。子供たちに託しましょう、未来を」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――大陸リヒテルの最東端『黒の洞窟』最深部。
「あぁーこれがあの時のルミナちゃんの気持ちなんだ……すっごい寂しいもんだね」
ロゼちゃんがアキトくんを抱きながらそう言った。彼女の足元には早くも紫色の結晶が生えており、成長を始めている。
私たち3人はロゼちゃんの前に並ぶ。
「みんなに置き土産、置いてくね?」
ロゼちゃんは最初に魔杖レーヴァテインをリサに手渡した。
「私の大事な杖、リサにあげる。いつかきっとカヤちゃんが扱える様に大事に持ってて」
「……約束するわ」
次にロゼちゃんはシズクにレアアイテム『簡易転移門』を手渡した。
「シズちゃんにはこれ。シルフィーのお下がりだけど、これがあればあなたも別の次元に行ける。アキトのこと見守ってくれる?」
「約束します」
そして、最後に私。
「シルフィーにはまず……はい」
ロゼちゃんは光剣フィクサを取り出した。
「シグルドの置き土産、受け取って?」
「こんな大事な物……受け取れないよ」
「もっと大事な物をこれから託すんだから。はい、持ってて?」
私は短剣を受け取って鞄にしまった。
「ロゼちゃん、もっと大事な物って?」
「アキトだよ」
ロゼちゃんはアキトくんをぎゅっと抱きしめてから私に差し出した。
私はまだ赤ん坊のアキトくんを受け取る。
「私とシグルドの子供。親友のシルフィーになら預けられる。リサとシズちゃんにも預けられる。計画はさっき話した通り。その子をシズちゃんの先祖が暮らしていた『ヒノモト』って異世界に送って欲しい」
「それをやったらこの子は……両親を知らないまま生きていくことになるんだよ?」
私のその言葉はロゼちゃんの心に深く突き刺さったらしく、彼女は一気に涙を溢れさせた。
「うん、分かってる。アキトにも辛い思いをさせてしまうのは、よく分かってる……でも私も見守ってるから……これで許してくれとは言わないけれど……コレをこの子にあげる」
ロゼちゃんはオリジナルスキルの力でとあるアイテムを生み出した。
色は紫。石の包丁の様なアイテムだ。
「これはアキトを悪しきものから護ってくれる魔よけのアイテム。便宜上『紫の石刀』って名前にしたけど、役割は武器じゃない。1つはアキトの存在がどの次元にあるかを隠す役割。もう1つは、【空間断絶】で隔離された者たちの封印を解く役割。つまり、それは鍵ってこと」
それに対し、シズちゃんが言う。
「それではこの石刀を使えば……!」
「うん。私を目覚めさせることも出来るし、シグルド達を解放することも出来るってことだよ。でもくれぐれもタイミングは間違えないでね。私を解放するという事はサイナスを解放するという事にも繋がる。勝つための準備が整ったら私を起こして」
私たち3人は同時に頷く。
「うん、良い返事。それじゃあ、あとはよろしくね」
ロゼちゃんはシグルドさんから貰った手作りの花の簪を大事そうに両手で握り、結晶に飲まれていく。
私が抱くアキトくんが無垢な笑顔で母親に手を伸ばす。
「アキト、あんたは強い子。なにせあいつと私の子なんだもん。でも、あいつに似てむっつりにならないか心配だな。あと女の子には優しくするんだよ? いつか好きな子出来たら私に紹介してね? あとお金はちゃんと貯金すること! お金はいくらあってもすぐに無くなるんだから。それと、えっと……えっとぉ……えっ……と……っ」
ロゼちゃんは私の手からアキトくんを取り上げるようにして再び腕に抱いた。
「……かれたくない……やっぱり別れたくないよ! アキト! アキト!! うぁああああ!! あぁあああ!!」
「ロゼちゃん……」
ひとしきり泣いたロゼちゃんは再び私にアキトくんを預け、慈愛に満ちた眼差しを我が子に向けて言う。
「アキト、また会おうね。山よりも高く、海よりも深く、あなたを愛してるから」
こうして、ロゼちゃんは紫の結晶に閉じ籠ってしまった。




