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Sレポート/黙示録⑤

 計画にはいくつかのフェイズがあった。


 まず第一フェイズ。


 それは量産した準魔剣の試運転を兼ねたクーデター。



「カジオー、準備は良いか?」


「おうよ、夜中の内に憲兵どもの武器を準魔剣にすり替えておいた。俺が合図をすりゃあ祭りが始まるぜ」


「よし、では宴を始めよう」



 その日の夕日が落ちる頃、計画は決行された。


 リヒテル各地に配置されている憲兵全員が突如として城に集結、暴徒と化し王に牙を剥いた。全ては私の計画通りだ。



「なっ……これはどうなっておる!?」


「キグナス王、お下がり下さい。私が速やかに対処致します」


(……量産した物も問題なく魔剣としての役割を果たしているな。カジオーの技術力には感謝せねばなるまい)



 自作自演。私の働きでクーデターは速やかに鎮圧された。


 そして、そのクーデターと並行して第二フェイズ。


 私はマギステルに送っていたあの男と交信を開始する。



「メレフ、やれ」


『承知致しました。ふひひ、僕ちんの科学力を見せつける時が来た!』



 魔導兵器によるエルフ殲滅作戦。これが第二フェイズ。エルフにはあの頃手を焼かされたからな。


 この作戦の準備段階で新緑の大地カルナスの生態系は崩壊し、大陸の半分が死滅した。加えて魔導都市マギステルという絶対的な存在を人々に知らしめ、絶望を植え付けた。



 ――この世界の平和を脅かす存在がいる。



 その様な噂が全世界に広まるまでそう時間はかからなかった。全ては私の手の上。もちろん、マギステルでメレフが魔弓士リーヤ・ハートネットに討たれることすらも。



「さ……サイナス様……お助け下さい……! 僕ちんは役に立ったぞ……こんな所で死ぬ器じゃ……げふっごふ……」



 私は瀕死の重傷を負ったメレフの下に転移した。


 彼の体からはおびただしい量の血液が流れ出ており、息をしているのが不思議な状況だった。



「ほう、あの魔弓の一撃を食らっても尚、息があるとはな。あれは私の創った武器の中でも殺傷能力は随一な筈だが……頭脳だけではなく、生への執着も、運も、並大抵のものでは無いか……よかろう。貴様にチャンスをやる」



 私は試作型の準魔剣をメレフの体に突き刺した。



「ごふっ!? なにを……」


「与えてやろう。魔剣の王として相応しき姿と力を」



 この準魔剣はカジオーに作らせた特注品。


 高レートの魔法石を用いた代物で、クーデターに用いた量産品とは訳が違う。


 この短剣を突き刺した対象は異形の姿に変態し、どの様な損傷を負っていたとしても、体の傷はたちどころに治癒する。


 まぁ、よほどのことが無い限りは意思を乗っ取られて私の命令に忠実なただの化け物と化すがな。



「今一度言おう」



 私は異形と化したメレフに言う。



「貴様は今日から『魔剣の王メレフ』として魔剣の軍勢を率いて貰う。良いな?」


「承知いたしまシタ。サイナス様」



 さて、後は彼らがリヒテルに来るのを待つだけだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 シグルド・オーレリア一行がリヒテルに到着した。


 計画も最終段階へと移行する。



「サイナス、本当にやるんだな?」



 竜王召喚の術式を施すと、カジオーが私に問うた。



「奴らに情が湧いたか?」


「いや、そんなんじゃねぇ。ただよ、キグナスの奴はあれでも俺の幼馴染でよ。どうしても、手にかけることは出来ねぇ」


「……ふん、それを情と言うのだ。……よかろう、計画を変更してやる。些細な変更だ、結末には変わりない。カジオー、お前はバハムート召喚の混乱に乗じてその辺の一般兵を2人捕まえて来い。そいつらを使って私とお前の死体を偽造する。それを工房に横たわらせた後、お前はアポクリファに身を隠せ」


「じゃあキグナスの野郎にはてめぇが手を下すのかい? てめぇだって野郎に恩義が」


「ありはしない。リアンを見殺しにしたあの男に恩義など……では、作戦に移ろう」



 バハムート召喚の術式をセットし終えた私とカジオーは、シグルド・オーレリア達が催していたローゼリア・ステルケンブルクの誕生日パーティへと参加した。


 主な目的は戦力の分散と敵情視察。


 結論を言えば、それは十分と言えるほどの成功を収めた。私とカジオーは混乱に乗じて自らの死を偽造し、その上でキグナス・ステルケンブルクの暗殺にも成功した。


 もう少しだ……もう少しでお前に会える。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私の座す王の間の前ではカジオーがシグルド・オーレリア一行と激しい戦闘を繰り広げていた。


 カジオーも全力で応戦しているが多勢に無勢、じき倒れるであろう。


 それにこの一際強大な魔力はシグルド・オーレリアのものか……例の忍の女の末路を知って戦意を喪失するかと思ったが……思う様にいかないものだ。



「……もう少しだ……勇者一行を倒し、この世界を破壊し、再び創造する。そうしたらまたお前と共に……レミューリア」



 ここに来るまで多くの物を犠牲にした。取るに足らない命ばかりだったが、友を殺めた事だけは多少の罪悪感を生んでいた。


 しかし世界をリセットすれば、この罪悪感すらも無かったことになる。



『やはりお前じゃったか、サイナス』



 これはキグナスを殺めた時の記憶。



『始めから知っていた、という口ぶりだな』


『知っておった訳ではない。が、二十余年も友をやっていれば些細な違和感くらいには気付くものじゃ』


『まだ私の友を語るか。同じく友である者の妻を見殺しにしておきながら』



 サイナスはばつの悪い表情を見せた。



『そうか……やはりリアンの死がお前を変えてしもうたか……』


『貴様の【千里眼】の能力があれば、あの日、ああなることを見通せたはずだ。それなのに貴様はリアンを見捨てた』


『……それは違うのじゃよ、サイナス。余にはもう【千里眼】の能力はほとんど残されておらぬ。7年前の次代のクロノス覚醒を境に衰退の一途を辿っておる』



 キグナスが言う7年前というのは、リアンが死ぬ前年に相当する。都合が良すぎる。



『……それは貴様の罪悪感が生んだ妄言だ。何もしなかった自らを無力に見せかけ、罪悪感から解き放たれるためのな』


『どうとでも取るが良い。のぉサイナス、お主の目的はなんじゃ?』


『世界を創り直すことだ。リアンが死ななかった世界。私がレミューリアと共に過ごせる世界。真に平和で温かい世界だ』


『その世界に余はおるか?』


『……不要だ』


『そうか……残念じゃな。もう一度あの日々に戻れればどんなに幸せか』


『戯言を……。メレフ、殺れ』



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 激しい音がぴたりと止んだ。


 カジオーとシグルド一行の戦闘が終わったようだ。



「……カジオーめ、逝ったか……」



 奴らはじきにここまで辿り着くであろう。想定以上の力を身に着けた様だが、それでも尚、私の敵ではない。



「レミューリア……待っていろ。もうすぐだ。もうすぐそんな暗い場所から出してやるからな」



 扉が開かれシグルドが姿を現す。



「サイナス!」


「来たか、無意味な勇者よ」



 ふっ、ドイツのしがない靴職人から始まった物語も最終章か。


 よもや、創造の神である私が、魔王の側とはな……人生は分からん。


 私は成すべきことを成す。どんな犠牲を払ってでも私は再びレミューリアと共になるのだ。



「さぁ、貴様らに絶望を送ろう」



 長き旅路もここまでだ。


 新しい世界の為に、終わらせてやる。


 これまでの全てを。



Sレポート/黙示録……終

次回からシグルド編最終章です。

彼らの物語の終わりを見届けて下さると嬉しいです。

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