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キール/絆を紡ぐ男⑦

「ハッ……ハァッ……くっそ……血が……止まらねぇか……」



 血が溢れ出す傷口を懸命に押さえても血は一向に止まる気配が無い。


 あの男、的確に急所を狙いやがった。



「俺……ここで死ぬのか……まぁ、やるだけごほっ……やるだけ、やったもんな……すまねぇシグ……約束、守れなかった……」



 後悔はない。俺はこの殺伐とした世界で友を作り、その友の為に命を奉げることが出来た。それは幸せなことではないだろうか。


 だから、後悔はない。



「……いや、いっこあんな……」



 俺は天に向かって手を伸ばし、小指を立てる。


 ……せめて最後くらいは、あの2人に看取って欲しかった。


 シグルド・フィクサ・オーレリアとその妹、アニエス・オーレリア。


 出来れば、俺の生きる意味だったあの2人に……看取って……。



「キール!?」



 俺の体を抱く感覚。


 もうほとんど見えない目を開くとぼんやりよく知ってる輪郭が浮かび上がる。



「よぉ……シグ……敵……倒しといたぜ」


「キール!? もう喋るな! 今すぐ止血を!!」



 俺はシグの手に手を重ねる。



「馬鹿……よく見ろ。もう助かんねぇよ……それより、アニエスちゃんは?」


「無事だ、俺が助けた!」



 あぁ、間に合わなかったのか……声だけで嘘だって分かっちまった。嘘が下手だなこいつ。



「そうか……はっ……はっ……これで俺も、死ぬ甲斐がある」


「おい!? ふざけるな! 死ぬな!」



 おいおい身体を揺らすんじゃねぇよ。安らかに逝けねぇだろうが。



「作るんだろ!? 優しい世界を!」



 優しい世界。あぁそうだな。その世界ならお前も自然と笑顔になれると思った。


 それなのになんだその顔は。正反対じゃねぇかよ。


 

「なぁシグ……最期くらい……お前の笑顔が見たい。笑ってくれよ」


「っ……こんな時に笑えるわけが……!!」



 お前いつも無愛想だからさ、そんなんじゃ嫁の貰い手もつかねぇぜ?



「おい! 分かった! 分かったから目を開けろ!!」



 あぁ、苦しい


 自分の目が開いているのか、閉じているのかもよくわかんねぇ。


 だが、ぼんやりと脳裏に浮かぶのは、シグとアニエスちゃんの笑顔。


 あぁ……あぁ……出来ればもっと見ていたかった。もっとこいつらと一緒に生きたかった。



「じゃあ……な……いま……まで」



 今まで有難う。じゃあな、シグ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目を覚ますと俺は何も無い空間にいた。



「ここは……どこだ?」



 身体を見てもあれだけ負っていた傷が無い。どうなってんだ?



「あなたにチャンスを与えます」


「っ!?」



 振り向くとそこには金髪のどえらい美人がそこに立っていた。



「チャンス? いやそれよりも一緒にお茶でも」


「結構です。今のわたくしは思念体の様なもの、お茶を飲むことも出来ません。ふふ、死んでもその軽薄さは直らない様ですね、キール・A・テムジン」


「……俺の名を知っているみてぇだな。何者だ? それにここは? 天国ってやつか?」



 女神の様な彼女は答える。



「当たらずとも遠からず、ですね。崇高な魂であるあなたの魂をわたくしがこの世界に招いたのです。ヘッドハンティング? とでも言うのでしょうね。キール、もう一度言います。あなたにチャンスを与えます。転生して新たな人生を歩んではみませんか?」


「転生?」


「はい。新たな世界、新たな体、新たな名前で生まれ変わるということです。前世の記憶は消えてしまいますが、魂の奥底にキール・テムジンという性質を残して差し上げます」


「っ!? そんなことが!? ……いや、やっぱやめとくよ」



 金髪の彼女は首を傾げた。



「なぜですか?」


「その新しい世界にはあの2人はいない。それなら、生きる意味は無いからな」


「そうとは限りません」



 彼女は意味深に答えた。



「どういうことだ?」


「眉唾物かと思われても仕方ない事ですが、わたくしには未来が見えます。転生後のあなたが、もう一度シグルド・オーレリアと共に肩を並べて戦う未来が」


「なっ……それは本当か!? 本当に俺はシグともう一度一緒に戦えんのか!?」


「はい。ですが証拠を提示することは出来ません。信じて頂けないと思いますが」


「信じるに決まってんだろ。俺にとっては美女の言葉は全てが真実さ。だからその転生ってやつをやってくれ」



 彼女は目を見開いてからくすりと笑った。



「かしこまりました。先ほども申し上げた通り、前世の記憶は戻ることは無いでしょう。シグルド・オーレリアに出会った時、あなたは初対面として出会います。それでもよろしいでしょうか?」


「あぁ、それでも構わねぇ。どこで出会っても、どんな姿で出会っても、俺たちはダチになる。それがアキトゥリス、絆ってやつだ」


「絆……あなたがなぜその言葉を真名に込めたのか、よく分かった気がします。では転生の儀を始めます。目を閉じて下さい」



 俺は言われるがまま目を閉じる。



「少し未来の話をします。あなたが転生する世界の名はアヴァロニア。国はアヴァロン。名前はミハイル・アルトリウスといいます」


「アルトリウス……これまたけったいな名前だぜ。良いさ、なんでも受け入れてやるよ」


「……いきます」



 意識だけがふわりと宙に浮く感覚。


 なぁシグ、よく分かんねぇが俺はとんでもねぇことに巻き込まれちまったらしい。


 新しい世界で新しい名前を貰って生きていく……なんてお伽話みたいな筋書きだが、もう一度お前と一緒に肩を並べることのできる可能性があるのなら、俺は甘んじて受け入れるさ。



「それでは、新たな人生を謳歌してください。ミハイル・アルトリウス」


「感謝するぜ、金髪女神様」



 こうして俺は転生した。


 アヴァロン最強の男、アルトリウスとして。

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