キール/絆を紡ぐ男④
あれから1年。
ガリア公国が攻めて来ることも無く、復讐に憑りつかれていたシグも平常に戻り、穏やかな日々が続いた。
ある日の昼下がり。俺は城の王の間で膝を付いていた。
「本日、貴殿を戦士長として認め、Aの称号を授ける」
「有難く頂戴します」
大臣から剣を受け取り、腰に差すと他の戦士長から拍手喝采を浴びた。
玉座に座るシグが俺に言う。
「最年少にして最高位Aを継承するとはな。俺はお前が誇らしいよ」
そう言ってシグは俺に向かって小指を立てた。約束、まだ覚えてんだな。
「そう褒めんなって。なぁ、戦士長にゃ美女の町娘を嫁に紹介するみたいな特典はねぇの?」
「あるわけないだろ。まったく、戦士長になってもその言動は変わらずか」
ハウ戦士長が事変での怪我により退任されることになり、その後任に俺が納まることになった。この地位に納まるまでの経緯は長くなるから省略するが、とにかく大変だった。
全戦士長との決闘とか殺す気かって思ったもんな。まぁ勝ったけど。
「聞け」
シグが真剣な面持ちで俺を含む戦士長に告げる。
「ガリア公国に動きが無いとはいえ、いつ戦争が始まってもおかしくない状況にある。各々修練を怠るな。力を蓄え、自分と自分の大切な者を守れ。命令だ」
「「はっ!!」」
俺と俺の大切な者……シグとアニエスちゃんだな。
あぁ、守ってやろうじゃねぇか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
式典後、俺はいつもの様にシグと剣の手合せしていた。
「キール、真名はどうする?」
「んー」
真名とは戦士長それぞれに存在する仇名みたいなものだ。
AからZそれぞれを頭文字とした言葉で構成され、各々が思い入れのある言葉を真名とする。ルールは別に無くて、頭文字さえ一致してれば本当に何でもいい。『力』でも良いし、『愛』でも良い。
ちなみに王族であるシグの場合は固定で『フィクサ』が真名となっている。意味は『王』だ。あと先代のハウ戦士長は『アーキペラルゴ』で、意味は『島』。島国の出身で、幼き日々を忘れないためにそう名付けたんだとさ。
で、俺はというと何も考えちゃいなかった。Aから始まる言葉なんていっぱいあるしな。
「いや、全然何も決めてねぇ。そのうち考えるさ。それよりも……ここだ!」
俺は右手の剣を左手に持ち替え、振り上げる。
獲ったと思ったが、シグは反射的に俺の剣をいなした。
「まじか! 今のは決まったと思ったんだが」
「ふぅ……確かに危なかった。戦士長との勝ち抜き戦の時も見ていたが、お前のその剣筋、見た事の無いものだな。誰に学んだ?」
「誰にも? 独学だよ独学。我流ってやつだ」
「我流か。オーレリアのあらゆる剣術を修めた俺が知らないのも頷けるな」
そんな雑談をしながら斬り合う俺達。
こうして手合せをするようになってから何年経ったかね。
あの頃に比べて俺は強くなってるんだろうか……シグやアニエスちゃんを守れるほどに強く……なんてノスタルジックな気持ちに浸っているといつもの様に彼女がやって来る。
「お兄様、キール様、休憩に致しましょう。美味しいクッキーが焼けましたよ」
「お、まじ!? アニエスちゃんのクッキー好きなんだ俺」
アニエスちゃんに向かって駆け寄ろうとする俺を剣が遮った。
「いやだめだ。アニエスのクッキーは俺の物だ。誰にも渡さん」
「はぁ!?」
なぁんてやり取りも日常になって来た。あんなにお固かったシグにも笑顔が少しずつ増えてきた。やっぱ笑った顔は兄妹そっくりだな。笑った方がやっぱ良いよ、こいつは。
「なぁ、キール」
「んあ?」
シグは少しだけ照れた様子で口を開く。
「……ありがとう。あの時、俺を止めてくれて」
「礼を言うくらいならクッキー寄越せ」
「それとこれとは話が違う」
「なぁんでだよ!!」
この時、俺は自らの真名を決めた。
――『アキトゥリス』。
オーレリアの言葉で『絆』という意味の言葉。
キール・アキトゥリス・テムジン。
うん、良いね。
「シグ、アニエスちゃん。俺決めた」
「ふぁにがだ?」
「まずクッキーを飲み込め。王様がだらしねぇ。真名だよ真名」
シグは口いっぱいに詰め込んだクッキーを飲みこむ。
「で、なんだ?」
「アキトゥリスにする」
それを聞いたアニエスちゃんが手をぱちんと合わせて笑顔を浮かべる。
「素敵ですキール様! 絆という意味ですね! ぴったりです!!」
「ははっ、そうだろうそうだろう」
「俺はちょっとクサいと思ったがな」
「うっせぃ」
この真名はこの3人だけの秘密。
俺はこれからもこの絆を大切にしていくだろう。
命燃え尽きるその時まで。




