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キール/絆を紡ぐ男③

 国王が暗殺されて数日後には息子であるシグがオーレリアの国王となった。戴冠式とか形式ばった行事も一切なし。そんなことをやってるムードでもねぇしな。



「ガリア公国……奴らを根絶やしにする」



 と、円卓会議の場で切り出したのはシグだ。その表情には暗い影を落としており、一目で復讐心に憑りつかれていることが分かった。


 シグの言葉に反対の意を唱えたのは俺の上司であるハウ戦士長だ。



「お待ち下さいシグルド王。オーレリアは先代の国王を失った傷が癒えておらず、その状態で戦うのは得策ではありません。それにオーレリアは中立国。攻め込むなどもっての外です」



 ハウ戦士長の言葉は正論だったが、今のシグがそれを聞き入れるはずも無かった。



「ではこのまま指を咥えていれば良いのか? 父上と母上を殺され、その上、数十名の国民の命を奪われ、黙していろと言うのか! そんなこと出来るはずがない!!」



 シグは机を力強く叩き、神木製の机にひびが入った。そのシグの余りの剣幕にハウ戦士長も黙るしかなかった。


 代わりに口を開いたのはブラムス戦士長だ。階級はB。戦士長一好戦的な男として知られている。



「俺はシグルド王の意見に賛成だぜ。王と妃が殺されて黙ってるのなんてあり得ねぇだろうが。とっとと攻め入ってぶち殺しちまえば良いんだよ」



 その過激な発言にハウ戦士長が反論する。



「待てブラムス、先ほども言ったが我らは中立国だぞ。軍の保有を認められてはいるが、これは自衛のための軍隊だ。侵略の為の軍隊ではない」


「あん? てめぇのその甘っちょろい考えがこの事態を招いたのが分からねぇのか? それに、自衛のための軍隊を語っておきながら国王すら守れなかったじゃねぇか、Aのハウ戦士長?」


「くっ……」



 苦虫を噛み殺したような表情を見せたハウ戦士長はシグへと目を向ける。



「シグルド王、どうかお考えを改めてはもらえませんか? ガリア公国との衝突は避けられないのは明らかですが、今すぐに戦争が起きてしまったら我々に勝ち目はありません」



 それにブラムス戦士長が反論する。



「シグルド王、まさか黙ってるわきゃねぇよな? 今すぐ攻め込んで根絶やしにしようぜ」


「……根絶やし……そうだ、奴らを根絶やしにすることを、父上と母上も望んでいるはずだ……」



(あっちゃー、こりゃまずいな……シグの奴明らかに冷静じゃねぇぞ……このままじゃ明日にでも戦争が始まっちまう。そんなことになったらハウ戦士長の言う通り、無駄死にだ)


 ここは俺の出番だな。



「はいはーい、ハウ戦士長が側近、キール・テムジンが進言致します」



 重苦しい雰囲気の中、全戦士長&シグに睨まれる俺。いや、普通にちびりそうなんだが。


 シグが返事をした。



「キール、この場は戦士長と俺の会議の場だ。戦士長補佐であるお前には発言権は与えられていない」


「あっれ、そうなの? 発言権無しじゃ喋れねぇよな。んじゃあしょうがねぇ……歯ぁ食いしばれよ!」


「っ!?」



 俺はシグの顔面を渾身の力でぶん殴った。


 椅子に座っていたシグは壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。



「喋れないんだったら拳で語ろうか、シグ」


「キール・テムジン! 国王に向かって何を!? 不敬罪で捕えられるぞ!」


「そんなん知るか。今の俺はハウ戦士長の部下とかそんな立場でここにいるんじゃあない。1人の友としてこいつをぶん殴ったまでですよ」



 俺は指をバキバキと鳴らし、うな垂れるシグを見下ろす。



「さぁ立てよへっぽこ。この俺が目を覚まさせてやんよ」



 シグはよろよろと立ち上がり、口元の血を腕で拭った。



「キール……ここは厳正な会議の場だ。その場で、国王である俺を殴るとはな。どうなっても知らんぞ」


「どうなるってんだ? 頭の悪い俺にも教えてくれ」



 するとシグは間合いを詰めて俺の顔面に拳を振るった。こんな盲目的なパンチなんか食らう筈もなく、俺はそれを躱してみぞおちにカウンターをお見舞いした。



「ぐっ……!?」


「痛いか? そりゃいてぇだろ。人体の急所の1つだからな。で、ダチを殴るとどうなるって? 俺に教えてくれんだろ?」


「……くっ……キール!!」



 シグは激高し俺に拳を振るい続けた。しかしどれもが直線的で躱すのは造作も無かった。



「ほれほれどうした? いつもの剣捌きとは大違いじゃねぇか」


「くそっ! なぜ当たらない!!」



 俺はシグの拳を手の平で受け止め、握る。



「なぜ当たらねぇかだと? 今のてめぇが何も見えてねぇからだよボケ!」



 空いた手でシグを殴って吹き飛ばす。


 流石に数人の戦士長が俺を取り押さえようとしたが、シグがそれを止めた。



「待て……これは俺の戦いだ。手を出すな」



 シグは立ち上がって口の中の血を吐く。



「キール、どういうつもりだ。何故、俺の邪魔をする」


「邪魔すんに決まってんだろうが。今のお前は復讐心に憑りつかれて正常な判断力を欠いている。そんな国王はぶっ叩かれて当たり前だ」


「俺が正常じゃないだと? 両親を殺され、復讐心に駆られる……これの何処が異常だと言うんだ!」



 シグは拳を振るい、俺はそれを躱す。


 が、すかさず放たれた蹴りが俺の脇腹にヒットした。



「ちっ……いってぇな。……親殺されて復讐心に燃えるのが当たり前だって言いてぇのか? とてもあの冷静沈着なシグルド・オーレリアの発言だとも思えねぇな」


「冷静でいられるわけがないだろ! 目の前で敬愛する両親を殺されたんだぞ!?」


「それでも冷静でいなきゃなんねぇんだよ、お前は。フィクサの名が泣くぞ」


「……お前には分からないさ。親を殺された俺とアニエスの気持ちなんて!!」



 会議所の扉が開かれたのはその時だった。



「お兄様! もうお止め下さい!」



 姿を現したのはアニエスちゃんだ。その手には例の紙切れを持っている。シグには見せんなって言ったのに。



「アニエス……何故ここに」


「お兄様はいくつかの過ちを犯しています」


「……俺が、間違っているだと?」


「はい。今のお兄様は王の器足り得ません。周りが見えていないのが何よりの証拠です」



 そう言ってアニエスちゃんは持っていた紙切れをシグに手渡した。その紙には先日の事件で亡くなった国民の名前が書かれている。



「……これは……亡くなった者たちの名簿……っ!?」



 シグは目を見開き、俺を見た。



「ルシール・テムジンと……カタリナ・テムジン……この名前は……」


「……死んだんだよ。式典を見に来てた俺の両親もな。ガリア公国の奴らにバッサリと斬られてな」


「……なっ」



 シグはその紙をぎゅっと握って拳を震わせた。



「なぜだ……何故お前はそんなに冷静でいられる? 両親を殺されているのになぜ!」


「てめぇが狂っちまってるからだろうが。俺が冷静じゃなくなっちまったら誰がお前を止めるよ? シグが暴走しちまったら止めれるのはダチの俺くらいのもんだろうが」



 俺はシグに向かって小指を立てた。


 あの日の約束。俺が戦士長になって優しい世界を創るという約束、忘れたとは言わせねぇぞ。てめぇが戦争起こしちまったら意味ねぇんだよ。



「っ!? キール……俺は……」



 シグはそれを見て、力なくその場に崩れ落ちた。



「すまない……すまない……俺は……あぁああああ!!」



 泣き出したシグを慰めんのは俺の役目じゃない。俺はアニエスちゃんに視線を送ると彼女は頷いてくれた。良い妹だぜまったく。



「戦士長のみなさん、お騒がせしました。この暴動の処罰は甘んじて受けますので。取り敢えず今日のところは解散ということで」



 一先ず、ガリア公国との勝ち目のない戦争は回避したが、いずれガリアの奴らが攻めて来るだろうな……。


 そん時は覚悟しねぇとな。愛の為に人を殺す覚悟ってやつを。

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