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楯無明人/野営の夜︰カヤの夢

 巨大トカゲを討伐し終えた俺たちは山を出た先の森林で野営をすることになった。



「あいって!」



 テントで横になっているとナルの寝相かかと落としが俺のみぞおちにクリーンヒットした。それによって眠気が完全に吹き飛んでしまう。



「最悪だ……」



 俺は外の空気を吸うためにテントを出る。



「あら? 交代にはまだ早いようだけれど?」



 そこには焚火の前で切り株に座って本を読むカヤがいた。


 いつもと違って眼鏡をかけている。俺に眼鏡属性があったらイチコロだったかもしれない。



「ナルのやつに叩き起こされたんだ。もう1回眠くなるまで時間潰させてくれ」


「それは別に良いけれど、夜は半径5メートル以内に近づかないでくれるかしら? 身の危険を感じるわ」


「お前は俺をなんだと思ってんだ……」


「男は皆、夜は野獣になるのでしょう?」



 蔑んだ目で俺を見るカヤ。



「偏った知識だなそれ! 俺は夜でも極めて紳士的だね」


「それは、賢者ってこと? たしかに賢者モードという言葉があるけれど……」


「語弊があるからその表現は早急にやめて頂きたい」



 俺がそう言うとカヤは本をぱたんと畳んですぐ横に置いた。


 

「その……さっきは本当にごめんなさい。私……トカゲやヘビが嫌いなのよ」


「女の子なら珍しくないだろ? 爬虫類大好きって方が少ない気がするぞ」


「一般的には、そうかもしれないわね。……昔は好きだったのだけれど……」



 カヤは暗くなっていく雰囲気を察したのか、話を切り替える。



「……丁度良い機会だから私の叶えるべき夢について話しておくわ」



 カヤはその辺に転がっている木の枝を拾って焚火をつつき始めた。



「流石に覚えているわよね、この旅の目的を」


「魔王の討伐、だろ? 俺を追いかけまわしたあいつの」


「えぇ、そうよ。グリヴァースに再び降臨した魔王を討伐するのが私の目的」


「それは神殿でも聞いた。わんわん泣いてるお前からな」



 シュビっと俺に木の枝を向けるカヤ。



「忘れなさい」



 まじでこえぇ……。


 

「わ、分かったよ……で、カヤの夢はなんなんだ? 出世は手段的なことを言ってた気はするけど」


「えぇ、確かに私の夢は『出世』ではない。けれど、それなりの地位と発言力を有しないと実現できない夢なのよ」



 カヤが手に持っていた木の枝を焚火に放り込む。


 その後、俺をちらりと一瞥し、深く息を吐いてから、ぽつりとこう言った。



「次世代の錬金術師の育成……それが私の夢」



 辺りがしんと静まり返る。


 

「……あなたは、笑わないのね」


「は? なんで笑うんだよ。弟子とって錬金術教えるってことだろ? 笑うような事じゃないだろ」



 俺がそう言うとカヤは顔を伏せた。



「それが笑われてしまう世界なのよ、今のグリヴァースはね。……ねぇ、今この世界に錬金術師が何人いるか知ってる?」



 カヤは俯いたまま俺に問う。俺は率直なイメージで答える。



「1000人くらいか?」


「17人よ、たったの」



 思っているよりもずっと少なかった。



「……なんでそんなに少ないんだ?」


「覚えているかしら、錬金術師は一生涯で1人しか召喚できないというルールを」


「あぁ、もちろん覚えてる。だからお前あんなにびぃびぃ……」


「……」



 無言で木の枝を向けないで下さいまじで。



「で、そのルールがどうした?」


「つい数日前も話したと思うけど、錬金術師は防御に秀でたクラス。それに置いては右に出るものはいないけど、こと攻めに関しては役に立たないわ。そういった不完全な側面もあって錬金術師は1人で冒険に出ることは出来ない決まりなのよ」



 たしかに、こいつの出す魔術障壁はどれを取っても最強クラスだった。


 対して、こいつが攻撃の魔術を唱えた所はただの一度も見たことが無い。


 苦手なのか、唱えられないのか、それは分からないが、この口ぶりだと前者の方がニュアンスが近いのかもな。唱えられるけど低威力なのだろう。


 例えるなら、パラメーターを防御に極振りしたみたいなもんか。



「【勇者召喚】は一生涯で一度きり。もし、自分が召喚した勇者が目の前で殺されでもしたらどう思うかしら?」


「どうってそりゃ……辛いだろうな」


「辛いなんてものじゃないわ。逃げたくなるのよ。錬金術からも、自分の無力さからも」



 現実逃避、ということか。



「【勇者召喚】はいわばその人自身の努力や研鑽の結晶よ。私みたいなイレギュラーを除いて、自分の能力に比例した者が召喚されるわ」



 つまり、高位の錬金術師が【勇者召喚】を行うとそれだけ強い奴が召喚されるってことだろう。


 目の前のイスルギ・カヤがどの程度の実力の持ち主かは知らないが、恐らく本来であれば、俺の様な最弱のレッテルを貼られる人間が召喚されてはいなかっただろう。



「でね、その勇者が死ぬっていうことは自分が長年かけて積み上げたものが一瞬で消えるってこと。それは、自分の存在を否定されるに等しい。……それによって、自らの命を絶つ者だっているわ」



 俺は言葉を失った。



「20年前、『魔剣戦役』という戦争が起きたわ。錬金術師はその大戦で激減したのよ。勇者を失い、生き残った者も錬金術を捨て去り、その技術を継承しようとしなかった。減るのは当然よね」


「だから、カヤは新しい錬金術師の育成を?」


「えぇそうよ。だって、錬金術って凄いんだもの」



 カヤの表情が一気に明るくなる。


 錬金術のことが心の底から好きだというのは、これまでの旅で良く分かった。周りが見えなくなるほどお話に没頭するしな。人前で涎だって垂らすし。



「この凄い技術を後世に残さないなんて勿体無さすぎるわ。でも現状、イスルギ家の上役はそれを進んでやろうとしていない。なぜなら」


「その上役も、錬金術を放棄しているから?」


「その通りよ。魔剣戦役を通して骨抜きにされたのね。気持ちは分かるけれど、それでは後退にしかならない。だから私が名を上げてイスルギを変えるのよ」


「お前さ、立派だな、ほんと」


「……え?」



 カヤが大きく目を見開く。



「そんなこと、初めて言われたわ」


「そうか? 普通に立派だろ。具体的な夢を持っていてそれを叶えようと足掻いてる。とても俺と同い年には思えねぇよ」


「……そう言われて悪い気はしないわね。もう寝るわ、おやすみなさい。タテナシ・アキト」



 カヤが手に持っていた木の枝をポキッと折って、焚火に放ってテントに入って行った。

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