キール/絆を紡ぐ男①
「ハッ……ハァッ……くっそ……血が……止まらねぇか……」
血が溢れ出す傷口を懸命に押さえても血は一向に止まる気配が無い。
「俺……ここで死ぬのか……まぁ、やるだけごほっ……やるだけ、やったもんな……すまねぇシグ……約束、守れなかった……」
後悔はない。俺はこの殺伐とした世界で友を作り、その友の為に命を奉げることが出来た。それは幸せなことではないだろうか。
だから、後悔はない。
「……いや、いっこあんな……」
俺は天に向かって手を伸ばし、小指を立てる。
……せめて最後くらいは、あの2人に看取って欲しかった。
シグルド・フィクサ・オーレリアとその妹、アニエス・オーレリア。
出来れば、俺の生きる意味だったあの2人に……看取って……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遡ること20年前。
「シグルドだ。今日からここで学ぶことになった」
そいつはある日突然やってきた。
(シグルド……? どっかで聞いた様な名前だが……って、あいつ、王子じゃね?)
この国の王子、シグルド・オーレリアだ。間違いない。なんで一国の王子がこんな庶民の学校に来るかね?
「よぉシグ。俺はキール・テムジンだ。よろしく頼むぜ」
「シグルドだ。宜しくたの……シグ? いやちょっと待て。何故いきなり略した?」
「細けぇこた良いんだよ。で、一国の王子がなんでここに来た? 下々の暮らしは多分肌に合わねぇぞ?」
「使用人の爺やとのマンツーマンの授業に飽きたからだ」
「なにそれいつか言ってみたい」
――シグルド・オーレリア。
ここオーレリアの王子様で、少し変わった奴だった。
頭脳明晰で剣術の腕も随一。
育ちの良さ故か、他人の悪口なんか絶対言わない様な奴で、人当たりもまぁまぁ良い方。目は笑ってねぇけど。
あの仏頂面さえ解消されればさぞかしモテるだろうに…まぁそれは置いといてだ。
俺とシグは不思議と波長が合った。
生い立ちも性格もまるで逆なのにあっという間に親しくなった。毎日昼飯も一緒に食べるし、放課後に城にお呼ばれして遊ぶこともあった。遊ぶっつっても、巷で流行ってる遊びを何一つ知らない王子様のシグとの遊びはいつも剣の手合せだったけどな。剣大好きか。
「お兄様! わたしも混ぜて下さいませんか?」
剣の手合せをしているといつもやってくるこの子はシグの妹、アニエスちゃんだ。
仏頂面な兄貴とはうって変わって笑顔が眩し過ぎる位に眩しい美女である。少々お転婆なところもまた魅力的だ。ダチの妹じゃなきゃ間違いなく声をかけてるね。
「アニエスか。だめだ、この前も剣を持とうとして尻餅をついていたじゃないか」
「大丈夫です! あれから鍛えてきましたから」
えっへんと胸を反らすアニエスちゃん。彼女は俺の手に握られている太めの剣に視線を向ける。
「キール様、その剣をお貸しくださいませんか?」
「ん、あぁ、まぁ良いけど。こいつはまじで重いぜ?」
「大丈夫でっぉおおっと!?」
剣の重さに耐えきれずぺたんと倒れ込んだアニエスちゃん。だから言ったのに。
「えぇーなぜでしょう? 腕立て伏せ5回を毎日やっていたのに」
「いや少なすぎんだろ」
「それ以上やると翌日の筋肉痛が酷くなってしまうので」
「いや弱すぎんだろ」
アニエスちゃんは一国のお姫様とは思えない程に活発な女の子で、兄のシグをよく慕っていた。
「立てるか? アニエス」
「はいっ! あ、いえ、起こして下さいませんか?」
「まったく……ほら、掴まれ」
シグもまたそんなアニエスちゃんを可愛がっていて、妹と接する時だけあの仏頂面が弛緩する。
(あの緩んだ顔。デレッデレじゃねぇか。いつもあんな感じならもっと友達も多いだろうに……まぁ立場上、締まった顔してねぇといけねぇのは分かるんだけどよ。もったねぇな)
俺は2人が並んでいる光景を見るのが好きだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな俺には夢があった。
それは『戦士長』になること。
オーレリアには優れた軍隊がいる。他国を侵略するためではなく自国を防衛するための軍隊で、その軍隊を仕切っているのが総勢25人の戦士長と呼ばれる人たちだ。
組織図で言えば、王にぶら下がる形で25個の部隊が存在し、それぞれの部隊長が戦士長という感じになっている。個性的な面々だが、国を守るための部隊の長ということでその立場に憧れる者も少なくなく、俺もその憧れる者の中の1人ってことだ。
ちなみに25人の戦士長にはそれぞれAからZまでのミドルネームが与えられる。
Fである『FIXA』を除いた25人の中の最高位は『A』で、俺が狙ってんのもそこだ。Aの部隊は王に最も近い所に配置される事実上の護衛隊。シグとアニエスちゃんの傍で働けるし、それになによりモテる。強さってのは罪だよな。
で、その戦士長になるための条件だが、これがちと厳しい。
まず戦士長の座に空きが出る必要がある。例えば、何らかの原因で誰かが退役したとしよう。すると残った戦士長の中で、各々の部下に後任に相応しい人物がいるかどうかを選任する。そして複数人挙げられた場合、戦わせて勝者を戦士長とする。
つまり、軍に入って手柄を立てて戦士長に気に入られるのが大前提。んでもって一騎打ちにも勝たなきゃならない……んー、道のりは遠いな。
剣聖の卵と名高いシグに勝てるくらいになりゃ文句なしの戦士長コースなんだがなぁ……オーレリアに伝わる剣の流派はどれもこれもシグには届かねぇ。つーかあいつも同じ流派をマスターしてるわけだから通用しないのが当然っちゃ当然なんだがな。
「シグ、約束だ」
「約束?」
首を傾げるシグに俺は右手を差出し、小指を立てた。
「指切り。俺は戦士長になってお前とアニエスちゃんを守る。それを今ここで誓う」
「またそれか……俺に勝ったことのないお前がなれるかな?」
「相変わらずグサッとくんな……とにかくほれ」
俺は強引に小指を絡ませ、指切りをした。
「約束完了! 俺は戦士長になってこの国を守る。争いの無い優しい世界を実現させる!」
「優しい世界か……そうだな。実現させよう、俺たちで」
約束しちまったからには破るわけにはいかねぇよな。




