Sレポート/黙示録②
この森は緩い傾斜の上に存在している。草木が俺たちの腰まで生い茂り、4歳の子供が紛れていてもすぐには分からない。
「くっ……俺は索敵スキルなんか覚えていない……カジオー、手分けをするぞ!」
「お、おう!」
俺は森を探し続けた。雨の中、草木を掻き分け、声が枯れるほどミアとリアンの名を叫んだ。
「ミア! リアン! どこだ!?」
先に彼女たちを見つけたのは俺だった。
「ミア! リアン!!」
彼女たちは崖から落ちそうになっていた。
足を滑らせたミアの腕を間一髪で掴んだリアン。しかし、リアンもまた雨でぬかるんだ土に足を取られ、谷底へと滑り落ちそうになっていたのだ。
「サイナス!? 助けて下さい! ミアが……きゃっ!!」
「くっ、間に合え!!」
バランスを崩して落ちて行ったリアンを追いかけるように飛び降りる。
「……離すなよっ!!」
「サイナス!!」
崖から生えていた木の枝に掴まり、片方の手でリアンの手を掴んだ。
リアンのもう片方の手には薬草を持って気絶したミアが掴まれている。
「助けに来たぞ! カジオーも一緒だ!」
「あの人も……来て下さると信じていました」
間一髪なこの状況で周囲は暴風雨。
(くそっ……片手で2人を持ち上げる力など残されていない……!)
巨大な魔物を屠った膂力は、老いた今の俺に残されていなかった。習得しているスキルのどれもこの状況では意味を成さない。
全身を叩きつける程の強烈な雨と、吹き飛ばされそうになる体を踏ん張って俺はリアンを励ます。
「手を離すな! もうすぐでカジオーが来る! それまでの我慢だ!」
「は、はい!!」
その時だった。
俺が掴んでいた枝が半分程折れた。一瞬ふわりとした感覚が襲い、止まる。
「きゃっ!?」
「くそ……このままじゃ……」
リアンと握り合っている手と手の間に水が滑り込んで来ている。
握力も落ちてきた。限界の時が近い。
だが、諦めるわけにはいかない。
「俺が……絶対にお前らを死なせないからな!!」
「サイナス……」
その時、俺を見つめるリアンの眼差しがより一層、凛々しくなった。
この期に及んで何を……。
「サイナス、約束してくださいますか?」
「なにをだ!?」
「これからも、あの人とこの子の傍にいて下さい」
「……リアン? なにを……」
「あなた、ミア……愛していますよ」
リアンは最後の力を振り絞ってミアを俺に向かって放り投げた。
宙を舞うミアを受け止めるためには、リアンを離さなければならない。
そしてリアンは俺に考える時間を与えることなく、自ら俺の手を離した。
「っ!? リアァアアアアン!!!」
落ちて行く彼女の顔はとても穏やかだった。
声にならない声で、リアンは俺に告げる。
――約束ですよ?
「リアァアアアアアアアアン!! あぁ……うあぁああああ!!」
カジオーが到着したのはそれから数分後の事だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カジオーに引き上げられた時のことは何も覚えていない。
頭の中が真っ暗で、気付いたら俺は土砂降りの雨の中、地面に寝転び天を見上げていた。
すぐ脇では娘を抱きながら泣き喚いているカジオー。
その光景を見て俺は思い出してしまう。夢であって欲しかった現実を。落ちていくリアンの姿を。
(俺は……救えなかった……救って貰ったのに……リアンを殺した……俺が!!)
『そうだ、お前が殺した』
何かが俺に囁いた。
『サイナス・フォン・フォーゲルヴァイデ。お前が殺したんだ』
それは暗く深い声だった。禍々しい気配を孕んでいるが、不思議と俺の心の中心に響いてくる声だ。
『お前はたった1人じゃ何もできない。友の妻を救うことも出来ない。数多の魔物を屠った男神サイナスは、もうお前ではない』
そうだ……俺はあの頃と比べ、弱くなってしまった。
『なぜだと思う? お前の力の源は何だった?』
(俺の力の源……)
過るのは彼女の眩しい笑顔。
(レミィ……そうだ……俺はレミィを守るために力を身に着けた……)
『そうだ。今のお前が弱いのは彼女が傍にいないからだ』
(レミィ……あぁ……)
会いたい。
会いたい会いたい。
会いたい会いたい会いたい会いたい。
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。
彼女に会いたい。
『会わせてやろうか?』
(っ!?)
それは魔の囁きだった。
魔の囁きだと分かっていて尚、俺はそれを聞き入れた。
『我ならそれが出来る。この残酷な世界を壊し、女神の封印を解く。その後に新たな世界創り直せばよい。お前が望む世界を』
(俺が望む世界……)
リアンが死ななかった世界。争いのない世界。
レミィと俺が共に過ごせる世界。
『お前の体を貸せ。さすれば力を与えてやろう』
(俺が望む世界の為なら……体などくれてやる! 俺に力を寄越せ!!)
『よかろう、契約成立だ。くくく……哀れな神よな』
「ぐっ……おぉおおおおおあああああぁ!?」
体を引き裂かれるような痛みが俺を襲った。電気椅子に縛られて電流を流されているかの様な痛みだ。
「はっ……はっ……グォアァアアア!! レ……ミィ……あぁああああ!!」
激しい痛みが襲っている最中でもレミィの笑顔が脳裏を過る。
あの笑顔を再び俺の傍で……!!
……じきに痛みが止み、俺は立ち上がる。
「……カジオー、世界を創り直そう。私と共に」
取り戻すんだ、もう一度あの美しい日々を。




