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シグルド/邂逅と悔恨

 シズクからの設置完了の合図が送られてきてから5日が経過し、アポクリファ転移への準備が整った。



「アイズ、転送装置のコンディションはどう?」


「万事整っておりますよルミナ様。シズク様が正常に設置して下さったおかげですね」



 アイズのその言葉を聞いて全員が一斉に武器を携えて立ち上がる。



「聞け。これで全てが終わる。俺たちの手でサイナスを討ち、この戦いに終止符を打つんだ」


「シズちゃん、無事でいてね」


「あいつならきっと大丈夫だ、ローゼリア。あいつは変態だが、約束は守るやつだ」



 リーヤがそれに続く。



「あんにゃろう無茶してねぇといいが……早く行こうぜ。シズクが待ってる」


「あぁ。その前に転移前の情報共有だ。アイズの解析によると、シズクが設置してくれた転送装置は作戦通り、敵の中枢に置かれているらしい」


「いきなり激戦が待っておるということじゃな」


「エストの言う通りだ。隊列は以前話した通り。俺、アルト、エストが最前列。シズクも状況を見てこの列に加わって貰う」


「了解だぜ」


「うむ、承知した」


「リサとロウリィは中列で援護を。ロウリィは道具を用いたパーティの強化がメインだ。リサは防御と攻撃を。状況を見てロウリィのことも守ってやって欲しい」


「了解です! リサさん、宜しくお願い致しますね?」


「えぇ、分かったわ。私に任せて」


「残りのローゼリア、リーヤ、ルミナは最後列だ。ローゼリアの攻撃能力はこのパーティの肝だ。同時に、リーヤとルミナによる弓と銃の援護射撃で敵を攪乱し、前列の俺たちで敵を叩く。そしてシルフィー」



 俺はシルフィーに目を向ける。



「お前は俺たちの帰りをここで待て。転移門の固定には膨大な魔力がいる様だ。この中でローゼリアに次ぐ魔力を誇るお前に転移門の門番をお願いしたい」


「分かりました。私が転移門を守りますから、安心してください」


「頼んだぞ」



 作戦を告げ終え、転移門の前に並ぶ。



「さぁ、行こうか」



 俺たちは転移門へと足を踏み入れた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 シズクが設置してくれた転送装置により俺たちはアポクリファの中枢に転移した。



「ここがアポクリファ……城の中のようだな」



 赤い絨毯の開けた場所。舞踏会をやるための大広間に酷似している。



「シズちゃんの気配、する?」


「いや。どこかに潜んでいるのだろう。合図を送れば現れるはずだ。ルミナ、シズクが持つ乙式との通信は出来るか?」


「ちょっと待ってて……ん?」



 小さなモニターを見つめるルミナの表情が険しくなる。



「ブラックアウト……通信途絶……? そんなはずは」


「電池切れとかじゃねぇのか?」


「エーテルバッテリーに電池切れは無いのだ。だから物理的に壊されたとしか考えられないよ」


「物騒なこと言ってんじゃねぇ。シグルド、シズクを探すぞ」



「ばぁっはっは!! 無駄だぜ」



 その声が聞こえたのは大広間の階段の先。


 暗闇に紛れてその姿はぼんやりとした輪郭でしか見えない。


 だが……この独特な笑い声と空気を震わす大声を、俺たちは知っている。



「まさか……そんな……お前は!?」


「久しぶりじゃあねぇかシグルド」



 男は階段を飛び下り、俺達の前にその姿を現した。


 その姿を見てロウリィが口を震わせる。



「うそ……なんでここにいるんですか……カジオーさん!!」



 ――カジオー・ハンマースミス。


 リヒテル一の鍛冶職人で、先のバハムート襲来で命を落とした男。


 その男が俺たちの目の前に立ちはだかっている。



「よぉくここまで来れたな、シグルド。待ってたぜ?」


「カジオー……何故生きている? なぜそちら側にいる!? 無駄とはどういうことだ!?」


「おうおうおうおう、待て待て1つずつ答えてやらぁ」



 カジオーは大きなハンマーを担ぎながらゆったりと歩き出す。



「なんで生きてるかって質問だったか。答えは単純、端っから死んでねぇからさ」



 それにリーヤが答える。



「死んでないだと!? てめぇの死体をあたしも見た。ミアだって見てんだ!」


「知らねぇのか? 動かねぇもんのダミーを用意するくらい簡単なんだぜ? お前らが見た俺の死体はフェイクだよ」


「フェイクだって……!? 死を偽装してどういうつもりだ!? ミアはお前が死んだって塞ぎ込んでんだぞ!?」


「それも計画のうちだよ……ぬっ!?」



 2発の銃弾をカジオーは見切ってハンマーで弾く。


 撃ったのはルミナだ。



「おいおい、不意打ちたぁ褒められたもんじゃねぇなぁ、天才科学者さんよぉ」


「……ルミナはお前を許さない。あの子に重荷を背負わせて何がしたいのだ!? ミアはまだ10歳なのに途方もない孤独を味わっている! そんなことあって良いはずないっしょ!!」


「なるほど、ごもっともなご意見だぜ。正論過ぎて欠伸が出らぁ」


「っ!? 信じられない……そんなの父親の台詞じゃない!!」



 ルミナが引き金にかける指に力を込めたのを見て俺が制止する。



「待てルミナ、まだこいつには聞きたいことがある」


「……シグルドがそう言うなら……」



 ルミナが銃を下ろしたのを見届けて俺はカジオーに向き直る。



「へぇ、よく躾けてんじゃねぇか」


「黙れ。俺の質問に答えろ」


「そうカリカリすんなって。えっとなんだったか……」



 カジオーは頭をぼりぼりと掻いた後、答えた。



「あぁそうだ。俺がなんで魔剣の軍勢にいるかって話だったよな。これも答えは単純だぜ。魔剣の軍勢は俺が作ったからだ」


「なっ……お前が黒幕だというのか!?」


「黒幕ねぇ……まぁ間違っちゃあいねぇ。ベストアンサーじゃねぇがな」


「どういうことだ?」


「んなもん自分で考えろよ。で、最後の質問はなんだったか……あぁ、あの女忍を探すのが無駄だって言った根拠か。これはさっきのより単純明快だぜ」



 カジオーはおもむろにある物を取り出した。



「これなぁんだ?」


「……そ……れは……」



 血塗られたスカーフだった。


 間違いなく、潜入前にシズクが首に巻いていた物だ。



「貴様……シズクをどこへやった!?」


「ばぁっはっは!! 分かる、分かるぜぇ……まだどこかで生きている、そう思いてぇんだろ? 甘い、甘すぎるぜシグルド。これは戦争だ。来いよハウンド共!」



 カジオーの合図で無数の漆黒の狼が現れた。



「シズクってやつを見つけてぇんだろ? この魔犬の腹を捌けば会えるかもな! よほど美味かったのか今日のこいつらはご機嫌だ。ばぁっはっはは!!」


「っ!? ……あ……あぁ……そんな……シズク……」



 ぶちっと俺の中で千切れた音がした。


 胸が張り裂けそうに痛い。膝の力が抜け、崩れ落ちた。


 目の前もだんだんと真っ暗になっていく。



「う……うぅっ……ああああぁああああ!!」



 俺はまた間違えた。


 やはり行かせるべきじゃなかった。



「シグ! ぼさっとしてんじゃねぇ! この場を乗り切るぞ! 悲しんでる暇はねぇしここで俺たちが死んだらそれこそ無駄になっちまうだろうが!!」


「……まただ……また間違えた……」



 心が崩れていく。


 大切な仲間が俺の決断で命を落とした。


 間違えた……俺はまた……。



 その時だ。



「こんの大馬鹿!」



 拳で誰かに顔面を殴られた。



「泣くなシグルド! あんただけのせいじゃない! 1人で背負うな!!」


「ローゼリア……」



 ハウンドと呼ばれた魔犬と交戦を始めた仲間たちも俺に檄を飛ばす。



「あたしにも責任はある。だが、悪いのは誰だ? あいつらだろうが!」


「そうですよシグルドさん! 私もあの人を許せません……全力で戦います!」


「立ち上がるのじゃシグルド! わしらに後ろを向く足などついてはおらぬ!!」


「ルミナ、初めて知った……仲間を失うってこんな気持ちなんだ……もう、味わいたくない……。シグルド、ルミナを守って。ルミナもシグルドを守るから!」


「立ちなさいシグルド。私たちはやらなきゃならないの。これ以上の犠牲を増やさないために。……錬金術師の誇りにかけて、この場を切り抜けるわ!」


「シグ、許せねぇよな。やるせねぇよな。分かるぜその気持ちは。だが今は堪えろよ。全部終わらせんのが先だ。野郎をぶっ殺す! シグも手を貸せ!!」


「お前ら……」



 最後にローゼリア。



「シグルド、立って。あんたがいないと、きっと誰かがまた傷つく。あんたのことはみんなで守るから。あんたもみんなを守って」


「……そうだ……戦いはまだ終わっていない……俺が投げ出したらすべてが無と化してしまう……18人とシズクの犠牲すらも、無かったことになる……そんなこと……そんなこと!!」



 俺は膝に手を付いて立ち上がる。



「そんなこと、あって良いはずがない!!」


「立ちやがったか……てめぇに俺が倒せるか?」


「絶対に倒す……カジオーもサイナスも、全て! この2つの剣で!」



 俺はグラムとフィクサを同時に抜刀し、右手と左手に握る。

 


「覚悟しろ、今の俺は容赦を知らないただの獣だ」


「ばぁっはっは!! 獣ってか! 手懐けてやろうか? このハンマーでよぉ!!」



 最終決戦の火蓋が切って落とされた。



【シグルド編】中編……終幕

次回から数話外伝を挟み、シグルド編ラストへ続きます。

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