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シグルド/選択

「……ダメだ。それを承服することは出来ない」


「変態騎士ならそう仰ると思っていました。ですが、私は引き下がる事は出来ません。なぜならば、忍としての本分がそこにはあるからです」



 俺は重大な決断を迫られていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アポクリファへの転移門開通まであと1週間に迫ったある日のこと、俺たちはステルケンブルクの大爺様に呼び出された。


 彼が言うには、転移門の基礎構築が完了し、今なら『1人だけ』安全に向こう側に送り込める様になったらしい。


 それを聞いたリーヤが口を開く。



「で、たった1人だけでどうしろってんだ? アポクリファ側がどうなってるか分からない以上、死にに行くようなもんだぜ?」



 それに妹のシルフィーが同調する。



「お姉ちゃんの言う通りだよ。1人分の転移が出来る様になったからってそれを有効活用しなきゃならない訳じゃないもん」



 その姉妹の意見に反論したのはエストである。



「2人の言うことはもっともじゃが、アポクリファの状況が分からぬのは、1週間後にわしらが一遍に転移する時も一緒じゃ。一方で潜入して相手方の情報を得ることが出来れば一網打尽となるリスク回避にも繋がる。わしは単身で潜入するプランを提案する」



 それに対してリーヤが猛反発した。



「単身で潜入だと!? 仲間にそんな危険なことさせられる訳ねぇだろ!!」


「おぬしは優しいのぉリーヤ。安心しろ、わしが行くからの」


「同じなんだよ! てめぇも大切な仲間だ、絶対行かせねぇ! それでもあっちに行くってんなら力ずくでも止めるからな!」


「その様な脅しではわしは止まらぬよ。おぬしが仲間を想う気持ちと同じ様に、わしも仲間を想っておる。他の者にやらせたくはない」


「っざけんな……! それでお前が帰って来なかった時のことを考えろよ! 誰かが犠牲になったら戦いに勝っても意味がねぇんだよ! それで今まで通りの日常に戻れると思ってんのか!?」


「聞き分けが悪いのぉリーヤは。どれ、力ずくとやらでわしを止めてみるか?」


「わー! 待って待って! 落ち着いてよ2人とも!!」



 ローゼリアが2人の間に割って入り、俺を見た。



「ローゼリアの言う通りだ。2人とも落ち着け。熱くなれば決断力を欠く。深呼吸だ」



 リーヤとエストは矛を納め、渋々ソファーに座った。



「2人の言い分は理解した。どちらにも正義はある。これは難しい決断だ。今すぐに決められることではない。時間をかけて話し合って決める」



 俺に続いてアルトが口を開く。



「だがよぉシグ。あんまり時間かけちまうと、潜入のチャンスを逃しちまうんじゃねぇのか? 通れるのは今日だけなんだろ?」



 そう、転移門が安定しているのは今日の間だけ。この機を逃せば1週間後の進軍まで何も出来なくなる。


 リサが会話に割り込む。



「ちょっと待ってアルト。あなたはこの中の誰かが犠牲になっても良いって言うの?」


「待て待て術師殿。俺はこの場にいる誰も死なせるつもりはねぇよ。ただ、美人エルフ姉妹と竜拳殿が口論の焦点にしてた部分が引っ掛かっちまうのさ。大前提としてだな、戦いの準備してんのは俺達だけじゃねぇ。そうだろ?」



 そのアルトの言葉の真意を理解したロウリィが口を開く。



「まさか、アポクリファ側も私たちが進軍することを知っていると……そういうことですか?」


「ご名答だぜ、かばん殿。相手さんは『反転移閉塞』の術式でこっち側に来れず侵略は出来ねぇが防衛なら出来る。加えて俺たちが殴り込もうとしてんのは相手のホームだぜ? 罠もゴロゴロあるに決まってる。一見さんお断りの状態だ」


「ではアルト、お前はどうすべきだと考える?」


「潜入すべきに一票を投じるね。ただ、普通に潜入するだけじゃうま味がすくねぇ。この機会を最大限生かすには桃色博士殿の助けが必要だ」


 

 桃色博士ことルミナがぴょんと跳ねる。



「なになに、ルミナちゃんの助けが必要なの?」


「あぁそうだ。転送装置、アレを最大限利用する。アポクリファに潜入し例のトランスなんたらを敵陣の要所に設置。後日、残ったメンバーがそこから侵入、本丸へ奇襲をかける。これなら後発組が余計な戦闘を避けられ、勝率がぐんと上がんだろ」


「待てよ色男。それじゃあ最初に潜入する奴のリスクが変わってねぇぞ」


「そうだとも魔弓使い殿。敵地に潜入なんてのはそもそもがリスク満々の作戦だからな。ただ、得られるものも大きいってことが言いたいのさ。同時に、失うものも大きいがな……。だから、やるにしても人選は大事だぜ。まず気配を消せることが大前提。続いて素早さも高いに越したことはねぇ。最後に、敵に相対しても生き延びる戦闘力も必要。総括すると行くべきはもちろん……」



 アルトが自らを指さそうとした時だった。



「私が行きます。行かせてください」



 そう言い出したのはシズクだった。それを聞いた全員は一様に目を見開いて驚いた。



「ちょ、待て待て黒子殿。この流れはどう考えたって俺が……」



 アルトの言葉を遮って彼女は続ける。



「潜入は幼い頃から訓練しておりました。忍である私の得意とするところです」


「ちょっとシズちゃん……本気なの?」



 ローゼリアの問いに頷くシズク。



「本気ですよローゼリア殿。私は皆さんの為に働きたいのです」



 リーヤが返す。



「おめぇは十分働いてんだろが。バハムートが来たときも、こないだの戦争でも、お前は十分働いた。謙虚なのは良い事だが、必要以上に気負う必要はねぇんだぞ」


「いえ、私は気負っている訳ではありません。純粋に私は嬉しいのです。忍として不完全な私に意味を貰えたことが。意味を貰えただけではありません。戦い方も教えて頂きました。おかげで妖刀ベニツバキだって、ほら」



 シズクは妖刀ベニツバキを抜き放つ。以前は妖気が際限なく溢れていたが、現在はそれを完全に制御出来ている。



「シズクお前……いつの間に?」


「変態ではあるけれど、敬愛する人との修業の賜物です。以前はこのベニツバキを制御出来ないせいで忍べなかった私ですが、その課題を無事克服することが出来ました」


「だからってお前が行って良い理由にはならねぇぞ!」


「リーヤ殿のお気持ちは分かります。ですが大丈夫です。私は死にませんから。だって、そう約束しましたし」



 シズクは俺を見つめる。



「変態騎士、私に行かせてください」


「……」



 考えろ……リスクが大きすぎる。



「私が必ず、ルミナ殿の転送装置を設置しますから」



 シズクは気配を消すことに長けているし、速力と戦闘力を併せ持っている。アルトが提示した条件に沿う人材だ。潜入作戦には適任……確かにそうだが、行かせていいのか?


 間違えるな。あの惨劇を繰り返すな。


 考えろ、シグルド・オーレリア。


 これは重大な決断だ。



「……ダメだ。それを承服することは出来ない」


「変態騎士ならそう仰ると思っていました。ですが、私は引き下がる事は出来ません。なぜならば、忍としての本分がそこにはあるからです」



 やはりそう来るか。



「忍としての本分と、自らの命、お前はどちらを取る?」


「……以前の私なら本分だと答えたでしょう。ですが今は違います。私は命が惜しい。死にたくない。生きてこの先も皆さんと過ごしたいです」


「……」



 止めろ、シグルド・オーレリア。彼女に行くなと言え。



「それに、私には姿を変える能力もあります。変化の術というものです。それを使えば仮に見つかっても戦闘にはならないはずです。見ていて下さい」



 と言って、シズクは隣にいたリーヤと同じ姿へと変化してみせた。瓜二つだ。確かにこれなら敵の誰かに変化しての潜入が可能だろう。



「そっくりでしょう? ですから変態騎士、私にアポクリファ潜入の命を」


「……っ……」



 臓腑をぎゅっと掴まれる感覚に陥る。今ここで、決断をしなければならない。


 死地にシズクを送るか、全員で死地に赴くか……。



「ダメだ……俺は……これ以上仲間を失いたくない……!!」


「シグルド殿の気持ちは理解できます。付き合いは短いですが、尊敬するあなたの事はよく見ていましたから。あなたとの約束、私は忘れてはいません。私は死にません。生きて、必ずや勝利への足掛かりを作ってみせます」



 シズクの真っ直ぐな気持ちに心が揺れ動く。


 シズクをあちらに送った場合のメリットは確かに大きい。しかしデメリットもまた大きい。



「……シズク……」


「行かせて下さい」



 彼女の真剣な眼差しが突き刺さる。



『シグ、俺に行かせてくれ』


『ダメだキール! お前でもあの大群は無理だ!』


『大丈夫だっての。な? 俺に行かせてくれ。そうじゃねぇと強くなった意味がねぇ。お前とアニエスちゃんを護らせてくれ』


『くっ……!』



 この手の目をしている者はテコでも動かないことを俺は知っている。



「……シズク……生きて俺たちと合流しろ。装置の設置に失敗してもいい。生きろ。それが絶対にして、唯一の条件だ」


「はいっ! 必ずや!」



 この決断は間違っていない。


 この時の俺は、そう思わざるを得なかった。

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