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楯無明人/英雄王の光剣

 頭上には巨大なトカゲがいた。


 俺は慌てて短剣を構えるが、そいつが襲ってくる気配はない。


 

「ちょ……カヤ、あいつの名前は?」


「……はぅあっ!?」



 変な声をあげ始めたカヤを見ると、両目を手で覆ってそいつを見ない様にしていた。何してんだこいつ!?



「か、カヤっち、もしかして爬虫類苦手なんです?」



 ナルの質問に対し、酷く青ざめた顔で頷くカヤ。



「まじか……とにかくここを出ようぜ。あのトカゲ、俺たちを襲うつもりはないらしいからな」



 俺はナルとカヤを先に行かせる様に促し、一番後ろに回る。


 一歩、また一歩とトカゲから離れて行き、そろそろ折り返し地点に辿り着きそうなその時……突然トカゲが猛ダッシュでこちらに向かって来た。



「「「ぎゃああああああ!!」」」



 3人揃って同じ様な悲鳴を上げて一斉に駆ける。



「なんでなんで!? なんで突然襲って来た!?」


「知らないっす! 実は腹ペコだったんじゃないでしょうか!!」


「ぎにゃあああ!! いやだぁあああ!! 来ないでよぉ!!」



 完全にぶっ壊れてしまったカヤを先頭に逃げる俺達。出口がまだまだ先だというのが余計に絶望感を煽る。



「おいナル! 魔法石で何とかならないか!?」


「こんな全力ダッシュしながらじゃ集中出来ないっす! でも取りあえず牽制に……それ!!」



 ナルは腰のベルトに巻いている火の魔法石を1つ取り外して乱暴に後ろに投げると、それは手榴弾の様に爆発した。



「やったっすか!?」


「おいばか! その台詞はやってないフラグだから!!」



 もくもく立ち込めていた煙が晴れていく。


 案の定、巨大トカゲ生存。



「ほらな!? ピンピンしてんじゃねぇか!」


「やっぱDレートの爆発じゃ駄目だったっす……ふぎゃっ!?」



 ばたん、とナルが植物の根っこに足を取られてすっ転んだ。



「ナル!?」



 俺は慌てて振り返り、ナルの傍まで駆け寄る。



「トカゲのエサは嫌っすうぅう!!」


「俺だって嫌だわ! あぁもう! 根っこが絡まって取れねぇ!!」



 このままじゃ10秒もしないうちに追い付かれる。



「ナル! さっきと同じように魔法石を投げて気を逸らせるか!?」


「わ、分かったっす!」



 ナルはベルトから魔法石を取り外して投げ、爆発する。



「やったっすか!?」


「だからその台詞やめろ! くっ……もうちょっとで取れそうだ……よしっ!」



 ナルの足が根っこから外れたのとほぼ同時に、爆煙が晴れる。


 すると……目の前からトカゲが消えていた。



「……あれ? 今度こそやったのか?」



 その時、辺り一帯が暗い影を落とした。



「アキトさん! 上っす!!」


「ちっ……やるしかねぇか!!」



 俺は咄嗟に英雄王の剣を抜き放ち構える。



「ナル、立てるか!? 立てるんなら走って逃げろ!」


「アキトさんを置いていけないっす!」


「誰が俺を置いて行けって言ったよ!? 俺も逃げるから先に行け!!」



 その言葉を聞いてナルは一目散に逃げ出した。逃げるナルの後ろ姿を見届けて、ふぅと一息つく。



「……てかダサ過ぎだろ。こんな時に足を挫くってなんだよ」



 どうやら、引き返してナルに駆け寄る際に足を挫いたらしい。



「あーくそ、数日前から最悪なことばっかじゃねぇかよ……」



 だが、ここで死ぬつもりは毛頭ない。 


 てか絶対に死ねない。ここで死んだら逃げたナルが背負っちまうからな。



「すぅ……はぁ……」



 目を瞑って深呼吸をするとトカゲの息づかいがよく聞こえた。その距離およそ5メートル。



「ここで俺が死んだら、カヤの旅も終わっちまう……俺の人生には、本当に意味は無かったってことになる。魔王討伐でもなんでも良い、やっと意味を貰ったんだよ」



 だから俺は。



「俺は……こんな所じゃ……死ねねぇんだよ!!」



 どくん、と心臓が大きく跳ね、俺の鞄の口から紫の光が溢れる。



『よく言った、アキト』



 この声が聞こえ、続けて俺の剣にも異変が起きる。



「なんだ……これ? 短剣から……光が伸びてる、のか?」



 写し出されたアイテムウィンドウには『英雄王の光剣』と表示されている。



「英雄王の……光剣?」


『今回は場所が良かったな』



 その声が俺に告げる。



『ここなら、俺の力を貸すことが出来る』



(あんた、なに言ってんだ?)



『詳しく説明したいのはやまやまだが、まずはアイツをどうするかを考えろ』



 俺の目の前のトカゲは足にグッと力をいれて今まさに飛び掛かろうとしていた。



『左前方から来るぞ』



(左だな!? 信じるぜ!?)



 俺は英雄王の光剣を体の前で構える。


 構えた瞬間、トカゲが左前方から回り込むように襲い掛かって来た。



「思ってたよりもはやっ!? でも、やれる……俺のこの剣なら! はぁああああ!!」



 俺はトカゲの動きに合わせるように光剣を振り下ろし始める。



『もっと念じろ! 出し惜しむことなく全てを解き放て!!』



「うおぉおおおお! もっと伸びやがれ!!」



 俺の意志に同調するように光剣の長さが増大し、伸びたその切っ先が丁度トカゲの眉間を捉えた。



「そのまま……ぶった斬れろ!」



 俺は光剣を真下に振り下ろすと、巨大トカゲは眉間から真っ二つに裂けた。



「はぁ……はぁ……やったか?」



 ヒュッっと舌を用いた最後の力を振り絞った一撃が俺に迫る。



「アトモスフィア!」



 バチンッ! とトカゲの舌が不可視の壁に弾かれ、力尽きたトカゲは今度こそ絶命した。



「私とした事が、取り乱してしまったわ」



 振り返るとカヤとナルがいた。



「アキトさんの嘘つきぃー!!」



 ナルが泣きながら俺に飛び込んで来る。



「振り返ったらアキトさんがいなくて! 食べられてたらどうしようってぇええ!」



 俺の服があっと言う間にナルの涙と涎まみれになった。



「大丈夫だって、俺はこの通り生きてるよ。奇跡的にな」



 左手でナルの頭を撫でる。



「タテナシ・アキト」 



 カヤが俺を呼ぶ。



「その……見苦しいところを見せてしまったわね。ごめんなさい」


「まぁ誰にでも嫌いなもんはあんだろ」


「そう……そう言ってくれると気が楽になるわ。それにしてもその剣」



 カヤが俺の右手に握られた短剣を指さした。


 光の刃は既に消えており、いつもの姿に戻っている。



「さっきまでの光は何なの? それがその剣の能力?」



 どうやらカヤにもあの光が見えていたらしい。俺の見間違いじゃなかったか。



「……さぁな、俺にもよく分かんねぇ」



 俺は腰のホルスターに短剣をしまってその場を後にした。

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