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シグルド/束の間の休息:男湯②

「まずは祝福の言葉を送らせて貰おう。あの膨大な兵力の前によくぞ大勝利を収めた。流石は我が友シグルドといったところか」



 目の前の大岩の上にふんどし姿で仁王立ちしているベルフェゴール。


 風にふんどしが棚引き、ぴらぴらとしている。


 ダメだ、数日前のあれを思い出して見た瞬間に鳥肌が立って来た……。



「貴様……なぜここにいる?」


「元の世界に帰る前に英気を養うためだが?」


「いやそうではなくてだな……」



 突然の敵の登場にどうしていいか分からない俺にアルトが話しかける。



「シグ、この頭いっちゃってる感じの悪魔は何者だ?『我が友』って言ってたんだが?」


「友になったつもりは無い。あいつは、魔剣の軍勢四天王の1人、ベルフェゴールだ」


「なっ……!? 敵かよ!?」



 アルトは反射的に魔力を練って光の剣、ディライトブリンガーを形作った。


 それに対しベルフェゴールは動じることなく答える。



「まぁ待ちたまえハンサムな強者よ。我は見ての通り丸腰ぞ」


「丸腰なのはいつもじゃないか。それに例のラブリーだかセクシーなエキスがお前の武器なのだろう? 気を付けろアルト、詳しい説明は省くがあいつの飛ばすぬるぬるの液は危険だ」


「あれは武器ではないぞ。第一、我のハーレムエキスは洗い流せば効力が失われるのは知っているだろう? 露天風呂は我にとっても最悪なフィールドだ。理解出来たかね変態騎士シグルドよ……ふんっ!」



 ベルフェゴールは変態的なポーズをとった。



「変態ではないしお前にだけは言われたくない! 大体なんだそのポーズは!? ボディビルだか何だか知らないが、見せびらかすな!」


「シグお前……敵にまで変態扱いされてのか……なんか泣きそうだぜ俺」


「同情もやめろ! くっ……!」



 魔剣グラムも光剣フィクサも脱衣所に置いてきた。だが魔術だけでも戦える。


 俺はアルトに習って戦闘態勢をとってベルフェゴールを指差す。



「先の戦では見逃す形になってしまったが、お前が魔剣の軍勢であることには変わりない。今度こそ、ここで葬る!!」


「ふむ、それが変わったのだよ、変態な騎士よ」


「変態でないと言った! ……何が変わったんだ?」


「我は魔剣の軍勢を抜けた」


「……は?」



 こいつ今なんて言った?



「騙されんなよシグ。そう言って俺たちを油断させて騙し討ちをするつもりかもしれねぇからな」



 アルトの言葉にベルフェゴールが肩を揺らし笑い出す。



「くくく……騙し討ちだと? それは我が美徳に最も反する行いぞ! 我は真のセクシーを極めし者! セクシーとは常に正々堂々でなければならない! 真っ向勝負で魅了しなければ意味は無いのだ! 理解して頂けたかね?」


「「……」」



 数秒間沈黙が流れる。



「……やべぇよシグ。あいつやべぇ。前例が無いくらいやべぇ奴だ」


「同感だ。やっぱ葬ろう」


「ちょっ!? 話を聞いては貰えまいか!?」



 狼狽えるベルフェゴールは懸命に説明する。



「我が魔剣の軍勢を抜けたのは本当だ! 証拠がある!」


「証拠?」


「そうだ。魔剣の軍勢には体の一部に黒い呪印が施されるのだが、今の我にはそれが無い。確認してみるが良い」


「呪印だと? どこにある?」


「我のお尻の右側だ」


「……アルト、斬ってくれ」


「了解だぜ!」



 アルトはディライトブリンガーを振り上げる。



「待て待て! 何故だ! 我のお尻を見れば分かる! 見てくれ! 出来れば舐め回す様に!!」


「そんなこと出来るわけがないだろ!」


「シグに同感だぜ。俺ぁ男の尻には微塵も興味ねぇからな」


「くっ……なるほど、我の魅力が通用しない者のいる世界だけあって思い通りいかないものだ……よし分かった! では斬るが良い! その光り輝く剣で我の身体を! だが! 出来ればやさぁしく撫でる様に頼む!! 死に間際に最高のセクシーの花を咲かせたいのだ!」



 手を広げて斬られることを受け入れたベルフェゴールに対し、アルトの動きが止まる。



「……うーわ、なんかすっげぇ斬りたくねぇんだが。俺の剣が穢れる気がする」


「気持ちは分かる……」


「なんと見逃してくれるのか? 謝礼にセクシーオイル1年分をボトルに詰めて進呈しようぞ」


「いらねぇよ!」



 アルトが全力でツッコんだ。



「ふむ、失言であったか。許せ、この通りだ……ふんっ!」


「どの通りだよ!? 身体を見せびらかしてるだけじゃねぇか!! ちょっと黄金比寄りなのもムカつくし」



 アルトもベルフェゴールを斬る気を失ったのか、ディライトブリンガーを解除した。



(アルトに斬りかかられた時も抵抗する素振りを見せなかった……むしろ喜んで斬られようとしたのは意外だったが、俺たちに対する敵意が無いのは本当らしいな……)



「ベルフェゴールよ、魔剣の軍勢を抜けたのは本当なのか?」


「何度言わせる変態騎士。我はあそこを抜けた。あの戦争を通してこの世界に興味関心が湧いてしまったからな。元来我は世界を滅ぼそうなどとは微塵も考えてはおらぬし、方向性の違いというやつだ」



 以前会った時も去り際にその様なことを言っていた。


 アルトが不思議そうに問う。



「じゃあお前は何のために魔剣の軍勢に加わったんだよ?」


「多元平行世界で最もセクシーな存在になるためだよ、魅力溢れるハンサムな光の戦士よ」


「ほぉ……悪くねぇ響きだ。シグ、こいつはやっぱ敵じゃねぇ」


「いやアルト、それは流石にちょろ過ぎるだろ……でだ、話を戻すとお前はもう魔剣の軍勢を抜け、俺たちを始めとしたこの世界の人々に危害は加えないということで良いんだな?」


「無論だ。我のハーレムエキスが効かない変態シグルドと変態忍者シズクの様な人間が他にもいるかも知れぬからな。その様な稀有な者たちを研究すれば我は真のセクシーとして一皮むける気がしているのだよ」


「こいつ、言ってること全然意味分かんねぇけど嘘は言ってなさそうだな」


「同感だ。全く共感しかねるが、セクシーとやらにここまで真っ直ぐな奴は始めて見た」


「恐悦……ふんっ! 至極……ふんっ!!」


「だからそのポーズはやめろ」


「なんだうらやましいか? 我が友シグルドにも伝授しよう」


「いらない。心底いらない。あと勝手に友扱いするな」


「いや、シグはこれくらいユーモアがあっても良いんじゃね? 習得すれば時空魔導師殿も喜ぶんじゃねぇか?」



 なんだと?



「……ちょっと検討させてくれ。あいつの笑顔が見れるのならやってみよう」


「お前も大概ちょろいじゃねぇか」


「ふはは! では湯に浸かり語り合おうではないか! ……っと、言いたい所だが我はこの後別件で元の世界に帰らなければならないのだ。この美しきポーズの伝授はまたの機会にするとしよう」



 ベルフェゴールが右手を上げると1人が通れるくらいの転移門が開く。



「お、もう帰るのかい?」


「うむ。お前たちとの別れは実に名残惜しいが、元の世界に帰ったとて我ら3人が血の繋がりよりも堅く結ばれた同志であることには変わりない。ではな!」



 ベルフェゴールは転移門へと入り、どこぞへ消えて行ってしまった。



「……嵐みたいなやつだったな」


「同感だぜ。勝手に俺らの仲間入りしてるしな」



 その時、転移門が再び開かれてベルフェゴールが顔だけを出した。



「あ、あともうひとつ言いたいことがある。サイナスには気を付けたまえ。彼は酷く異質だ。我もこの世界の平和を願っているぞ。ではさらば!」



 再び消えたベルフェゴール。



「……この忠告は真摯に受け止めた方が良いだろうな」


「だな。神に匹敵する奴だろうが叩きのめすだけだが。まぁ、そんなことより風呂に浸かろうぜ。貸切の時間が終わっちまう」


「そうだな。……というか、あいつの相手をしていたら余計に疲れたのだが」


「同感だ」



 俺たちは再び風呂に浸かり、貸切一杯まで温泉を堪能した。

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