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Sレポート/再世記②

 俺は力なく荒野を歩いていた。


 当てもなく幽鬼する様に足を動かし続けた。


 途方もない空腹感と喪失感が俺を襲い続ける。封印されている間に、グラムをはじめとした多くの武器は俺の手元を離れていた。


 愛すべき人もいない。生きる目的も無い。これでは、ミュンヘンにいた頃と同じではないか。



「あ……ぅ……レ……ミ」



 どさりと俺は荒野のど真ん中で倒れた。


 死に間際に過るのは封印となった少し前の出来事。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「平和の礎。つまりわたくしとあなたが封印となるのです」


「封印? それを行えば世界は……レミィは良くなるのか?」


「確かなものではありません。あくまで可能性ですが根拠はあります」



 レミィはそう言いながら服を脱ぎ出した。その白く美しい身体には不釣り合いな黒い印が随所に見られる。これらが、この世界で紛争が起きた証。



「わたくしが礎となることで、この世界の過剰な自浄作用を打ち消します。そうすればこれ以上呪印は増えることはありません。また、わたくしは礎となりながら、グリヴァースが平和であるようにと祈り続けます」


「祈り、だと? そんなもので世界が平和になるとも思えないが」


「女神の祈りですよ? とても良く利きそうでしょう?」



 レミィは痛みを噛み殺しながらおどけた様に笑った。



「ただし、1つだけ、問題があります」


「それはなんだ?」


「サイナス、あなたと離れてしまうことです。世界の封印となった女神はその世界は存続する以上、二度と目を覚ますことはありません。そうなると、あなたとは離れ離れになってしまうのです」



 レミィは俺の目を見つめ、泣きそうな声でそう言った。そんなの、大した問題ではないではないか。



「レミィ、心配するな。俺も一緒だ」



 レミィは目を見開く。



「……よろしいのですか?」


「当たり前だ。俺はどんな場所だろうとお前と共にいる。いや、いさせて欲しい」



 俺はレミィを強く抱きしめながらそう言った。レミィは体を震わせて静かに涙を流した。



「……ありがとうございます。わたくしは女神失格です。人を愛してしまいました」


「それでは、女神を愛してしまった俺は人間失格か?」


「どうでしょう? とても幸福なことではないでしょうか。このわたくしと出逢えたのですから」


「ふっ、自分で言うか。実際、その通りだと思っているよ、レミィ」



 俺とレミィは最後の口づけを交わし、それが合図となって俺とレミィはグリヴァースの礎となった。



「これからもずっと一緒ですよ? サイナス」


「あぁ、ずっと一緒だ。レミィ」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 目を覚ますと見知らぬ建物にいた。金属を強く打ちつける音が辺りには響いている。



「わ、目を覚ました!」



 声の方に視線を向けると濡れた布を持った若い女性が座っていた。



「……ここは……俺は一体……」


「リヒテルです。あなたは荒野に倒れていたんですよ?」


「リヒテル……」



 それはグリヴァースの主要都市の1つの名称と重なる。



「助けて、くれたのか……?」


「はい。私ではなく、主人が」


「主人?」


「今呼んできますね?」



 その女性は駆ける様に部屋を出て行き、そのすぐ後金属を叩く音が止んだ。


 代わりに現れたのはとても体の大きな男だった。


 先程の女性より歳は一回り程上。今の俺の外見の年齢とそう変わらないだろう。



「おうおうおうおう!! くたばり損ないが目覚めたって聞いたが本当かぁ?」



 体だけでなく、声も物凄く大きかった。耳が痛い。



「あなた、声が大きいです。また気絶したらどうするんです?」


「そん時はそん時よ! ばぁっははは!!」



 胸を反らして笑うその男に俺は問う。



「あんたが助けてくれたのか?」


「ばぁっはっは! この俺に感謝しろよ。荒野でくたばってる奴を拾う物好きはそういねぇからよぉ。でよぉ、起きて早々で悪いんだが聞かせてくれや」



 その大男は大きな目で俺を見下ろし、真剣な表情で問う。



「なんであんなとこでくたばってた? 悪党じゃあるめぇな?」


「……」



 この時の俺は断片的に記憶を失ってはいたが、大事なことはしっかりと覚えていた。


 俺はこの世界の為にレミィと封印の道を選んだ。なのになぜ、俺だけが目を覚ましてここにいる?



「お前まさか……記憶がねぇのか?」


「……」



 俺にも理解できないことが多すぎる。ここは記憶喪失のふりをしておくのが良いだろう。



「あぁ、よく覚えていないんだ。気が付いたらここにいた。それよりも前の事は何も思い出せない。もしかしたら悪党かもしれないな。お前が判断してくれ」


「なぁるほど……」



 大男は俺の目をじっと見る。俺が嘘をついていないかどうかを吟味しているのだろう。



「……まぁ細かいこた気にするこたねぇか! 生きてりゃそれで十分よ! ばぁっはは!!」



 男は高笑いしながら部屋を出て行こうとした。



「待て! 名前を教えてくれ」


「俺か? 俺はカジオー。こっちは連れのリアンだ」


「妻のリアン・ハンマースミスです。お名前は……って、記憶が無いんでしたよね?」


「サイナス……名前だけは覚えている」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 調べてみると、俺が目を覚ましたのは封印されてから500年後の世界だった。


 あの頃存在していた町や村の多くは姿や名前を変えて存続していた。その中でもここリヒテルは多大な変化を見せた都市だ。


 500年前も確かに主要な都市ではあったがあんな立派な城など建ってはいなかった。この500年の間で王が生まれ、城が建ったようだ。


 自分が創った世界が自分の知らない所で発展を遂げている……不思議な気分だ。



「ふむ、サイナスと申すか。この世界を創りし二大神と同じ名前、実に縁起が良い」



 カジオーに連れられて訪れたリヒテル城。


 その玉座に座しているのがこの世界の王。


 歳は俺より少し上。名前をキグナス・C・ステルケンブルクというらしい。


 二大神……500年後の世界で俺はそんな呼ばれ方をしているのか。俺だと言っても絶対に信じないだろうな。



「余はおぬしを待っておった。そんな気がする。リヒテルは良き所ぞ。ゆっくりすると良い」



 どうやら歓迎されている様だが、この場にいる全員が同じ感情を抱いている訳ではないらしい。



「王! この様な得体の知れぬ者を置いておくのは賛同しかねます!」



 そう言いだしたのは近衛隊長らしき男。



「余が良いと言ったら良いのだ。見た所腕も立つ。専属の執事として余の傍に置いておきたい」


「王のお傍に!? 承服しかねます! 王の身に何かあったらどうされるおつもりですか!?」


「俺は別に何もしないさ。静かに過ごせればそれで良い」


「口を開くな! 許可していないぞ」


「……」



 随分と荒々しい男だ。



「王、この男をリヒテルに滞在させるばかりか、この城に置くと……そのお気持ちは変わらないのですか?」


「……サミュエル、おぬしはなにが不満なのだ?」


「私は王に仕えるは強き者であるべきだと考えております。この者を見極めるためにも、果し合いをさせて頂きたく存じます」



 キグナスはしばし悩み、模造刀であればとそれを承服し、翌日決闘が行われることとなった。


 創世の神としての人生が終わり、第三の人生を送ることになったということか……あぁ、お前のいない世界は酷く退屈で騒がしく、俺には合わない様だ。


 またお前に会いたいよ、レミィ。

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