シグルド/暗殺
目を覚ますとそこは宿のベッドの上だった。
「はっ! 良かった、目を覚ましましたか!」
俺にそう言ったのはシズクだった。
「シズク……? ここは宿……か? 何故俺はこんなところに……?」
体がピクリとも動かない。
辛うじて瞬きと呼吸が出来る程度で、金縛りにでもあったかの様に、指一本動かない。
「変態騎士は魔力を使い果たしたんです。無理のし過ぎですよ」
「魔力を……はっ! 今は何時だ!? あれからどれくらいの時間が経った!? 戦況は!? 被害は出ているか!?」
「お、落ち着いてください! あれからそう時間は経っていません。30分程です。大きな被害の連絡も上がって来ていません。少々押され気味みたいですが」
「そう、か……」
被害が出ていないと聞いて内心、胸を撫で下ろした。
「そうか、じゃないですよ。危うく死にかけたのですよ? みんなが生き残っても、変態騎士が死んでは意味がありません。それを自覚してください。私に約束させたではありませんか。命を軽々に投げ打つなと」
「……そう、だったな。すまない」
シズクは俺の額に冷えたタオルを乗せた。
「このタオルにはロウリィ殿から頂いていた特殊な薬草が巻かれています。寝ている間に兵糧丸も服用させましたし、しばらく寝ていれば歩けるようにはなります」
「兵糧丸……? くあっ!?」
猛烈な苦みが喉の奥から襲ってきた。
「寝ている俺にあれを飲ませたのか!?」
「はい、苦さ三倍増しにしましたし、きっと早く良くなりますよ。ヤマトにはこんな言葉が伝わっています。『良薬は口に苦し』。つまりは苦ければ苦いほど体に良いんです」
「絶対そんな使い方じゃないはずだ! 辞書はないのか!? 調べ直せっつ!?」
全身に電気が伝ったかの様な痛みが走る。
「あぁ! 大声を出すと体に響きますので安静に。変態騎士は自分の今の状況が正しく理解できていない様なのでお教えします」
シズクは真剣な表情で言う。
「魔力が枯渇した体で更なる魔術を行使しようとした場合、体に絶大な負担がかかります。変態騎士は今まさにその状況で、全身の筋肉が断裂しているような状況です」
「この全身の痛みはそのせいか……いやまて、筋肉が断裂? 戦線に復帰できるまでどれくらいがかかる?」
「早くて2日。それもプリーストの治癒があってです。ほとんどが前線に出払っている今は自然治癒に任せる他ありません。ロウリィ殿の薬草術を加味しても最短で3日はかかるかと」
「3日だと……!? その間、俺はこうやって寝ているしかないのか!? 前線で仲間が戦っているのに!?」
「残念ですが、そういうことです。ですが安心して休んで下さい。私が変態騎士に代わって、各部隊の救援に駆けつけます。私の戦闘力はご存じの通りでしょう? 任せて下さい」
シズクの表情は戦士のそれだった。彼女の決意を無駄には出来ないか。
「……分かった。ただし、約束してくれ」
「命を軽々に投げ打つな、ですよね。分かっていま」
シズクの動きがぴたりと固まった。動きたいのに動けない、そんな状態。
――状態異常『麻痺』である。
元々自由がきかない俺の体も同じ状況に陥り、口すら開けなくなった。
「禁術……【パラライズアイ】」
次の瞬間、部屋の壁に転移門が開かれ、その声の主である死神が姿を現した。
(魔王メレフ!? なぜここに!?)
「シグ……ルド、オーレリア……サイナス様のメイで……貴様を殺ス」
魔王メレフは既に手負いであり、今にも事切れそうな状態であった。
(やったのは誰だ? いやそれよりもこの状況はまずい!!)
シズクは本来なら麻痺で動けない体でメレフの前に立ち塞がった。
(シズク!? やめろ!!)
「くっ……変態騎士は……やらせません!」
「ドケ、小娘」
メレフが右手をその場で薙ぎ払うとシズクが凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。
「がはっ!?」
(シズク!? くそっ……体が動かない!!)
「フハッ、フハハハ! 禁術のチカラハ……凄まじいな! この圧倒的優位! 我が命を捧げた甲斐がアッタものよ」
メレフは巨大な鎌を出現させて振り上げる。
ローゼリアが慌てて部屋に入ってきたのはその時だった。
「え、メレフ!?」
禁術で喋ることもままならないシズクが辛うじて声を絞り出す。
「ロ、ローゼリア……殿……止め……」
「シズちゃん!?」
「来たか、クロノスよ」
メレフは背後のローゼリアを見てニヤリと笑った。
ローゼリアは魔術の詠唱を開始するために杖を取り出す所作を見せたが、メレフは片手間でローゼリアの動きをも制限した。
(ローゼリア!?)
ローゼリアを麻痺させたメレフは振り上げた鎌にぎゅっと力を込めた。
この窮地を脱するには【技能創造】を使うしかない。だが、魔力を使い果たした今の俺には扱うことが出来ない。
(くっ……ここまでか……)
ローゼリアと視線が交わる。志半ばで倒れるのは不本意だが、最期に見る顔が愛する人の顔で良かった。
(ロザリー……あとは頼んだ)
「いやぁあぁー!!」
ざくり、と刃物が貫く音が辺りに響いた。
……痛みはない。
続いてメレフの背後から耳馴染みのある男の声。
「はぁー……ったく、なにやってんだ大将。それでも俺が認めた男か? ん?」
「ガッ!? キサマ……イ……いつの間……に……」
メレフは光り輝く剣で額を貫かれている。
「殺す前に教えてやろう。俺ぁな、嫌悪するもんが3つあんのよ。1つ、女性を大切にしないやつ。2つ、女性を敬わないやつ。そして最後に3つ……尊い愛を邪魔するやつさ」
その男は剣を振り下ろし、メレフは真っ二つに裂き、メレフは断末魔の叫びをあげて瞬く間に塵となった。
真っ二つに裂かれたメレフの向こう側にいたのは聖剣を携えたあの男だった。
「ご機嫌麗しゅう。おっと先に言っておくぜ。時空魔導師殿も、お初にお目にかかる黒ずくめの可愛い子ちゃんも、俺に惚れんなよ? 俺はもう、皆のアルト様じゃなくなっちまったからな」
その男は聖剣を鞘に納めて指2本を立ててキザなポーズをとった。
「救世主アルトリウス、ただいま参上。真の英雄は遅れてくるとはよく言ったもんだぜ」




