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ローゼリア/枯渇

 開戦から4日が経過し、こちらの犠牲者は未だにゼロ。


 対して、魔剣の軍勢側は四天王を含むカテゴリーAを既に失っており、攻撃の勢いは弱まりつつあった。



「もうすぐだ……もうすぐでこの戦は終わる」



 私の隣にいるシグルドが厳かな表情でそう言った。額からは数滴の汗を垂らし、時折深い呼吸をすることがあった。


 こいつはこの数日で魔力を使い過ぎている。


【配置転換】でリヒテル全土を飛び回り、各隊のピンチに駆け付け敵を一掃し、その場を後にする。


 こちらに誰1人死者が出ていないのは間違いなくシグルドのおかげだ。でも、こんな戦い方をし続けていたらこいつが壊れてしまう。



「ねぇ、シグルド? 確かに犠牲者は出てない。でもあんたが」


「ローゼリア、話は後だ。来るぞ」



 私たちの部隊の目の前にある転移門から骸骨の魔物が現れた。



「我が名はリッチー。アンデットの王なり」



 リッチーと名乗った骸骨の魔物。その魔力は尋常ならざるものだった。恐らくあいつも四天王クラスの実力者なのだろう。



「カテゴリーA……どんだけいんのよ!」


「嘆いたって戦況は変わらない。どんな魔物が現れようと現実も変わらない。やらなければ死ぬだけ。なら、やるしかない」



 シグルドは隊の先頭に立ち、魔剣グラムを構えた。



「シグルド! ここは私がやるから!」


「いや、お前を危険に晒すことは出来ない。お前は例の作戦の肝だ。失えない」


「そんなことは分かってる。でもあんたが心配なの! 自分で気付いてる? あんたの魔力はここ数日で著しく衰えてる。これ以上の戦闘は控えた方が良い」



 シグルドは私の言葉を聞いて自分の手の平を見つめた。



「この体の重さはそれが原因か……【配置転換】を何千回も使えばこうなるか。なるほど、確かに無理をし過ぎたのかもな」


「それじゃあ後ろに下がって」


「あぁ。あの魔物を討伐したら下がって休むさ」



 シグルドは右手をリッチーに向ける。



「【技能創造】……【退魔術式】。滅せよ、アンデットの王よ」



 天から光の柱が降り注ぎ、骸骨の悪魔を取り囲む。


【退魔術式】は魔を退ける術式。


 聖女であるイリスちゃんが操る【討魔術式】ほどではないにせよ、強力な聖魔術を扱えるスキルだ。


 それにより、リッチーは呻きを上げながら塵となっていく。



「ぐぉおおお!? 四天王である我がこうも容易く!? そうか貴様があの方が目をかけている人間か……。愚かな、自分の人生が既にあの方の手の上であることも知らずに」


「……」



 リッチーの口からその言葉が出た瞬間、シグルドが僅かばかり動揺した。その隙をついてリッチーは死に間際の魔術を詠唱し終えた。



「リターンアンデット!! いでよアンデット達よ!!」



 万に近い数の無数のアンデットが地面から這い出てきた。



「なにあれ!? 数多すぎでしょ!?」


「ハハハ! その身一つでは我は滅しても、こやつらまでは滅せまい!」


「そうだな。俺自身は手一杯だ。だが、愛剣達は手が空いている。頼むぞ、グラム」



 シグルドは空いている左手でグラムを天に放り投げる。


 回転しながら宙を舞うグラムは落下し地面に突き刺さった。



「『同調』を始める。……【大地掌握】の力をグラムに」



 次の瞬間、アンデット直下の地面が割れ、数千にも及ぶ骨の軍勢を飲み込んだ。



「なっ、なんだこれは!? 地割れだと!? 我の八千に及ぶアンデット部隊がものの数秒で!?」


「俺たちには居場所がある。その居場所を脅かす奴らは許すわけにはいかない。お前たちもそれぞれの居場所に還れ。アンデットの居場所は大地。お前の居場所は空の上だ」


「か、身体が消える!? くそぉおおおお!」



 リッチーは【退魔術式】によって塵となり、消えた。



「リッチー……討伐完了…………だ……」



 どさりとシグルドが倒れた。恐れていたことが起きたのだ。



「シグルド!? ねぇ! ねぇってば!!」



 シグルドは目を閉じたまま動かない。



「うそうそうそ! 魔力が枯渇してる!! 急いで魔力の供給をしないと死んじゃう!!」



 どうやら、悪い事というのは重なるらしい。


 いや、あるいは……相手は、シグルドが倒れるこの瞬間を待っていたのかもしれない。



「なに……あれ? 空が割れて……っ!?」




 青々とした空に大きな黒い穴が開き、巨大な大砲が突如現れた。


 空から私たちを見下ろすその砲門からは尋常ではない魔力の震えを感じる。



「この感じ……まさか魔導兵器ダモクレス!? なんで今になって!?」



 オープンチャンネルで通信が入ったのはその時。



『こちらリーヤだ! 真ダモクレスの発射阻止はあたしらに任せろ!!』



 それはマギステルに潜入しているリーヤからの通信だった。



「リーヤ!? 真ダモクレスってなに!?」


『詳しい事はあたしも分からねぇよ! アレはルミナが対処してくれようとしてるが実のところメレフの相手で手一杯だ!!』



 続いてルミナちゃんからの通信。



『ごめんね! 戦闘しながらだから処理速度が遅くて! でもアイズとルミナが必ず何とかするから! 諦めないで!!』



 乙式の向こうでは金属と金属のぶつかり合う音と銃声の様な音が響いている。激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。



「わ、分かった! でもこっちもシグルドが倒れて大変なの!」



 エストとロウリィちゃんが通信に割り込む。



『なんじゃと!?』


『シグルドさんは無事なんですか!?』


「一刻を争うかも知れないけど何とかやってみ」



 ――その時、大きな爆発音と共にキリアスとの通信が途切れた。



「なに今の音……? 爆発!? エスト!? 応答して! エスト!!」


『エストさん!? 何があったんですか!? 応答してください!!』



 エストからの応答はない。



「ローゼリア殿!!」



 シズちゃんが姿を現す。



「状況は聞きました! 私と忍衆が変態騎士を運びます! ローゼリア殿は部隊の指揮を! あれを見て徐々に混乱が広がりつつあります!」



 シズちゃんの言う通り、空から見下ろす様に向けられている銃口に兵士は一様に恐怖していた。早く鼓舞しないと。


 鼓舞? 出来るの? こいつが死にそうになってるこんな時に……。



「シズちゃん……こいつが死んだら私……」


「しっかりして下さい!」



 シズちゃんが私の肩を揺らす。



「変態騎士という柱が倒れた今、グリヴァース軍はぐらぐらです! 変態騎士は拙者が、いや、私が、必ずや安全な場所に連れて行き休ませますから、ローゼリア殿も自分に出来ることをやって下さい!」


「……うん……そうだ……そうだよね……私がしっかりしないと!!」



 私がそう言うとシズちゃんは頷いてシグルドと共に姿を消した。



「……うん、うん……私がやらないといけないんだ……あいつと平和な世界を共に生きるために!!」



 私は魔術で大陸全土に声が響く様にする。



「聞いて! あの大砲は私たちの命を脅かす兵器! あれの発射を許せば被害は甚大なものとなる! でもクロノスたる私が絶対に阻止する! だからみんなは目の前の敵に集中して!!」



 私の言葉に最初に呼応したのは親衛隊長のフリッツ。



「クロノス様がそうおっしゃって下さっているんだ、我らは信じて前へ進むぞ!! 進めぇええ!!」


「おぉおおおぅ!!」



 グリヴァース軍が再び押し返し始めた。


 時同じくして空から向けられる大砲が怪しく輝き出した。


 発射の時が近い。



「くっ……通常の魔術じゃ遠すぎる……!! こんな時にエストの魔拳ヴェスタルの力があれば……」



 しかし、エストからの通信は途絶えたまま。



「……こうなったらオリジナルスキルの力を解放して……」



 私のオリジナルスキル【空間断絶】は空間を切り離し、隔離する能力。


 その力であれば、あの真ダモクレスとやらそのものを別次元に幽閉することが出来るけど、あんなに大きな存在を隔離したことなんてない。


 出来ないかもしれないし、最悪、私も魔力切れで倒れることになるだろう。


 でも、やるしかない。


 やらなければ、死ぬだけなのだから。



「見守っててお父さん……お母さん……シグルド!!」



 その時、真ダモクレスから複数の魔術の砲弾が一斉に放たれた。


 それら全ては大陸をも丸呑みする程の大きさを有していた。直撃すれば全てが消滅するだろう。



「やってやる……!! 絶対にやってやる! 護ってやる! あいつが護ると言ったものを全部!! 私たち人間をなめるな! オリジナルスキルの力を解放する!!」



 私がクロノスの力を抑え込んでいる首のネックレスを千切ろうとした時、空に巨大な魔術壁が拡がった。

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