エスト/キリアス防衛戦①
「エスト、来たようだ。途轍もない数だな」
弟のカストルが目の前の大軍勢を見て深刻そうな顔でそう言いおった。
「なんじゃなんじゃ、なぜそんな深刻な表情をしておる? トイレか?」
「違う! 龍脈の核が俺たちの背後にはある。他の大陸の皆が快勝を収めても俺たちが負けてはグリヴァースは滅ぶ。充分深刻だろ」
「なら勝てば良いではないか」
「簡単に言う」
「簡単じゃからな。あの程度の魔物は取るに足らん。あの訳の分からん黒い瘴気を加味しても、おぬしの竜人部隊でもどうにかなろう。問題はあの転移門の先にいる奴じゃ」
魔物どもが姿を現している転移門のその奥の闇の中で何かが蠢いている。
「あの奥におる奴はわしがやろう。カストルは雑魚共を頼む。リヒテルからの援軍の指揮も頼んだぞ」
カストルはやれやれと頭を振るう。
「まったく、昔からそうだな。お前は里の事を一切放り投げ俺に押し付けてばかり。その反面、俺では処理しきれないことを内々に済ませようとする」
「それが、姉というものじゃ」
「……死んでくれるなよ、姉さん」
「ふん、誰に言っておる。わしの弟ならこれしきの窮地、脱してみせい」
竜人部隊は突撃を開始した。わしはその部隊とは別働隊として移動し、魔物たちが姿を現している転移門の前に来た。
次々と現れる雑魚を拳で蹴散らし、転移門に向けて叫ぶ。
「おい、そこの。見ておるだけではつまらんだろう? そうして傍観している間にも部下は減っていくぞ?」
奥の魔物に反応は無い。ただただ巨大な二つ目だけがわしを見つめている。
安い挑発には乗らんか。少々荒いが、致し方あるまい。
「わしは釣りが好きでな。気長に待つのは嫌いではないんじゃが、戦いが長引けば双方被害は増える一方。どれ、ここはひとつ、遊んでみんか?」
わしは左手の聖拳スミルノフの『具現化』の能力を発動させ、大きな綱を作った。
「ほれ、綱引きじゃ。自分で言うのはなんじゃが、わしは美味いぞ? 歳が200を超えて魔力が最も円熟し切っておる。食うか食われるか、頼るは力。簡単じゃろ?」
わしは綱を転移門に放り投げる。
次の瞬間、尋常ではない力でその綱が引っ張られた。
「乗ったか!! しっかしこの力は……!!」
想定外の力の強さ。あのリヒテルの金色の鮭など目ではない。
「ふっ……!! ぐっ……んんー……!!」
目一杯に綱に力を加えてもわしの体はずるずると転移門に引きずられて行く。
そもそも図体が違いすぎる。単純な力勝負では分が悪過ぎるか。
「強いのぉ……! そうこなくてはな……ヴェスタル!!」
魔拳の固有能力『吸収』で敵の魔力を吸い上げ、力一杯綱を引く。
「どっせぇええい!!」
一本背負いの構えで綱を引き、それによって転移門からボスを引き出すことに成功した。
出て来たのは巨大な蛸であった。
サイズは城に例えても良いほど。蛸は全身これ筋肉の塊、あれだけの力を有していても不思議ではない。
引きずり出されたのが余程不服だったのか、怒り心頭といった様子。
「ふぅ……。あのまま蛸壺に籠っていたかったか? そうはいかんよ。これは生きるか死ぬか、食うか食われるかがかかっておる。なにより、わしの大切な仲間たちも命を賭けて戦っておる。わしもその決意に報わねばならん。ふむ……名前はダゴンというのか、厳つい名前じゃの。それも四天王か……『A』じゃな」
ダゴンは戦闘態勢を取った。足の数は8本どころではない。
無数の足で本体を護りながら、余った足をミミズの様ににょろにょろとさせておる。おまけに黒い瘴気を纏っておるし、なかなかに手強そうじゃ。
「さてダゴン」
わしは地面を強く踏み鳴らし、拳を構える。
「おぬしがわしに勝てない理由をいくつか教えてやろう」
ダゴンは先手必勝とばかりに足を尖らせてわしを貫こうとした。わしはそれをひらりと躱し、体勢を立て直す。
すかさずダゴンは同様の攻撃を行う。
「まずは短気、それに尽きる。今だってそうじゃ。安眠を妨げたわしを殺すのに躍起になっておる。それではわしは釣れんよ」
ダゴンは血眼になってわしを捕まえようとした。
足を薙ぎ払い、叩き付け、突き刺し、墨を飛ばしたりもした。
どれもこれも短絡的で欠伸が出る。
「次に見極める目が悪すぎる。その目は飾りか? わしは別に特別な力を使ってはおらぬぞ。にも拘らずおぬしの攻撃を躱せておる。それは何故か。おぬしがわしの動きについて行けてないからじゃ。なまじ足が無数にある分、制御が大変か? では使う足を絞れば良かろう?」
ダゴンは動かしていた足の本数を十数本から2本に減らした。
その瞬間に足の動く速度と精度が格段に増し、わしはその足に絡め取られた。
ギリギリと体に巻きつく、ぬるぬるとした足。
ダゴンは勝利を確信し体を震わせた。
「3つ目といこうか。それは詰めが甘いということじゃ。きっちりと魚が釣り針に食いつくまで油断してはならん。わしなら、相手を捕まえた瞬間に躊躇なく仕留めるぞ」
それを聞いてダゴンはわしを締め付ける足を更に強めた。このままでは握り潰されるだろうが、大人しくしてやる訳もない。
「さてと、最後としようか。おぬしがわしに勝てない理由、それは……鈍感だからじゃよ」
次の瞬間、ダゴンの足が内側から炸裂し、自由の身となった。
「気付かんかったじゃろ? わしがおぬしの体に細工をしたことに」
ダゴンの足が次々と破裂していく。
「スピリタスの『具現化』能力でおぬしの体内に爆弾を設置しておいた。時間経過で破裂するものじゃ。今おぬしの身に起きているのはそれによるもの。鈍感はいかんぞ。獲物が食いついたことにすら気付かぬようでは、一生獲物は釣れん」
ダゴンは爆発し続ける足を切り放し、本体でわしを喰おうと、大口を開けてわしに覆い被さろうとする。
「その点、わしには抜かりはないぞ。お前と違って短気でもないし、日々審美眼も養っておる。敵に容赦はしないし鈍感でもない。だからこうして、わしに釣られる」
ダゴンの本体が内側から爆ぜ、墨が辺り一面に飛び散った。
「……以上、蛸でも分かる釣り特別講座じゃ。あの世で役に立つとよいの」
四天王ダゴン、討伐完了。




