シグルド/約束
その夜はいつもより少しだけ騒がしい夜だった。いつもは大人しい大通りの犬が空に吠えていた。
「変態騎士、報告があります」
俺がいつもの様に屋根の上で町を眺めているとシズクが背後に現れた。
「来るか?」
「はい、転移門構築の予兆を感じたとの報告が各大陸の忍から来ています。ローゼリア殿に確認を取ったところ、転移門が構築される際に漏れる微細な魔力だと断定できました」
「そうか」
俺は眼前の町に目を向けながら腰の剣に触れる。
この町が、俺の守らなければならない町。いや、この世界か。
今は目に映っていない彼方の大陸も俺たちが守らなければならない。
「シズク、ローゼリアを呼んで来てくれ。それと各部隊に通達。時が来た、準備を急げとな」
「承知致しました。……変態騎士?」
「変態じゃないと何度言わせる」
「いえ、あなたは変態です。でも、頼りにしてますよ」
シズクはそう言い残して消えていった。
「……期待には応えるさ。今度こそ、な」
ローゼリアがシズクと入れ違いでやってきた。
「シグルド! シズちゃんから報告受けた!?」
「あぁ。時空魔導師隊の準備はどうだ?」
「ばっちり整ってるよ。ステルケンブルクの精鋭を集めといた」
「よし、では各大陸への転移門の構築を頼む」
「分かった。……これでみんなともしばらくのお別れだね」
作戦が始まればパーティメンバーは各大陸に散ってしまう。
「また会える。絶対にな」
「うん、そうだよね」
ローゼリアは少しだけ不安そうな表情を見せた。
初めての戦争。大切な仲間がその渦中に行かねばならない……不安にならないわけは無い。
「ロザリー」
「え、なに……っ!?」
俺は俯くローゼリアの顔を上げ、口づけをした。
「なっ!? ……なんぞこれ!?」
「なにって、キスだ」
「ししし、知ってるし!! いやでも……でもぉおお!!」
俺からキスをするのは珍しい。覚えている限り、2回目。しかも最初はこいつに促されてしたものだ。つまり、俺から自主的となると、初である。
「ほぅ、相手からこられるとそんな反応になるのか。自分が主導権を握っている時はあんなに俺を小ばかにしていたが、これは新発見だな」
「う、うる、うるうる、うるさいなっ!! 心臓がやばい!! シグルドのくせに調子乗り過ぎ!! 私としたことがぁああ!!」
どたばたとうるさい奴だ。屋根から落ちたらどうする。
「しかし、緊張は吹き飛んだだろう?」
「別の緊張が生まれちゃったけどね!! ……でもまぁ、ありがと」
ローゼリアは頬を赤らめてこう続ける。
「もう1回、良いかな?」
「あぁ、何度だってするさ」
「変態騎士」
「「うぉおおおうっ!?」」
シズクが音も無く現れた。
「シズちゃん!? み、見た!?」
「? 何をですか?」
シズクの返答を聞いてほっと胸を撫で下ろす俺たち。
「シズク、伝令は?」
「はい。各大陸への伝達も完了し、戦の準備をして頂いてます。それと、1階に全員集まっています。なんでもルミナ殿が渡したいものがあるとのことで」
「ルミナが? 分かった、下りようか」
俺達が1階に下りるとパーティメンバーが全員揃っていた。
鞄に荷物を詰めているロウリィ。
眠たい目を擦りながら欠伸をしているリーヤ。
入念にストレッチをしているエスト。
そして、何か得体の知れない機械が入っている段ボールを持っているルミナ。
「待たせたな。ルミナ、その機械は?」
俺がそう質問するとルミナは待ってましたと言わんばかりに嬉々とした表情でこう言う。
「オメガコネクター乙式なのだ!!」
「……いやだから、それはなんなのだ?」
名前だけ言われてもな……。
「オメガコネクターのスケールダウン品なのだぜ! いやーローゼリアと一緒に研究した甲斐があった! ルミナちゃん天才!」
親指を立てて自信に満ちた顔をしているルミナ。これはあれだ。もっと褒めろという顔だ。
「ローゼリア、いつの間に共同研究を?」
「ん? うん、ルミナちゃんが念写の巻物の構造を知りたいって言ってきてね? 魔術式とか根掘り葉掘り聞かれたから全部答えたの。そしたらアレが出来て」
「なるほど。で、ルミナ」
「天才のルミナ!」
「……で、ルミナ」
「天才つけてよぉおおお!」
ルミナ涙目。こいつ面白いな。
「そのオメガコネクター乙式では何が出来る? ルミナの腕に巻かれている『甲式』とは何が違う?」
「まずこれはこう付けるのだ!」
ルミナは段ボールから乙式を1つ取り出し、耳に装着した。
「これはインカム……って言ってもこの世界には通じない表現かな? 端的に言うと通信が出来るのだ! 通信範囲は世界全土! しかも複数人同時通信も可能! すごくない!? 念写の巻物でも出来ないことだよ!?」
もうすっかり興奮状態のルミナ。しかし、それが本当なら確かに有意義なアイテムだ。
「よく作ってくれたな。さすがは天才を自負しているだけある」
「でっしょ!? いやールミナちゃんの発明が遂に世界に平和に繋がる日が来るかもねー。あ、ちなみにまだラボラティアで開発中の物もあったりするから期待しといて? アイズが頑張ってくれてるから」
「まだあるのか。十分すぎるな」
つくづく、凄いメンバーが集まったものだ。
リヒテルに到着してから加入したシズクとルミナは早くも第一線で活躍しつつある。これもキグナス王の【千里眼】の能力に導かれた結果だとすれば、より一層感謝しなければならないな。
「さぁみんな、ルミナから乙式は受け取ったか?」
俺がそう促すと全員が耳に機械を装着した。
「俺たちはこれから離れ離れになる。だが、俺たちを繋ぐものはこの乙式だけではない。……以上だ」
リーヤが盛大にスッ転ぶ。
「言葉足らずにも程があるだろ!?」
「すまん、柄じゃないんだ。あとちょっと恥ずかしい」
「照れんな!! ったく……エスト、代わりに言ってやれ」
「うむ」
エストが咳払いをする。
「わしらは目に視えぬものでも繋がっておる。胸に手を当てんでも分かるじゃろ。そう、絆じゃ。わしらは家族にも近い強き絆で繋がっておる」
エストは握り拳を前に出した。あれは竜人族に伝わる契りの所作。
エストに促され全員で拳を合わせる。エストは頷き、言葉を続ける。
「わしらに別れの言葉はいらぬ。必要なのは信じること。信じろ、己の力を。信じろ、仲間の力を。わしらはこの戦に必ず勝ち、再びこの地をまた全員で一緒に踏む。……ははっ、そしたらまたこのメンバーで馬鹿騒ぎをしようぞ」
「あぁ」
「うんっ!」
「おう!」
「はいっ!!」
「りょーかい!」
「承知しました!」
そうして俺たちは各大陸の配置についた。
その日の未明、静かに戦いは幕を開ける。




