楯無明人/『運搬者』:ナルエル・ビートバッシュ③
ミーザスを出て15分ほど歩いた先にその魔法石採掘場はあった。
真っ暗な洞窟で、如何にもここはダンジョンですといった雰囲気に尻込みしてしまう。
「怖いのかしら?」
「ば、馬鹿言うな。怖い訳ねぇだろ」
「じゃあ早く行きなさいな」
笑顔でさぁどうぞ、と俺をエスコートするカヤ。悪魔である。
「アキトさん、行きましょう! ここの魔物は基本強くないので、その短剣ならやれますよ!」
ナルが俺の腰に差してある英雄王の剣をさしてそう言った。
「ほ、ホントだな? いざとなったらバックアップ頼むぞ?」
「善処するわ」
「任せて下さいっす!」
片方はまじで信用ならねぇが、ここは進むしかないだろう。
俺は洞窟に足を踏み入れる。瞬間、ピリっとした感覚が襲う。
「これが魔物の気配よ。覚えておきなさい」
カヤはそう言いながら俺の右後方を歩いている。
時同じくして左後方のナルはポーチから小さな火の魔法石と大きめのランタンを取り出した。あのポーチからどうやったらあのランタンが出てくるんだよと思ったが、運搬者がそういうクラスだということを思い出した。
ナルがランタンに魔法石を納めた瞬間、ぽわっと火が灯る。
「私が道を照らしておくのでアキトさんは前だけ見てて下さいっす」
「おぅ、サンキューな。それにしても……静かだな」
洞窟に入って10分程、魔物はおろか生き物にも遭遇していない。
「彼らにも知能があるわ」
カヤがぽつりと言った。
「こちらの力量が分からない間は、むやみに戦闘を仕掛けて来ないでしょうね」
「じゃあこのままサクッと魔法石採掘できたりしてな」
「だと良いんすけどねー」
ナルがそう言った瞬間、目の前の暗闇で何かが動いた気がした。
「……お、おいカヤ、お前さっきむやみやたらに襲ってこないって言ってたよな?」
「えぇ、確かに言ったわ。でもね、例外もあるの」
カヤの言葉に反応するかのようにその気配の主は姿を現した。
「あいつは……」
そいつは、片方の牙が欠けたバトルボアだった。ついさっきナルを追いかけまわしていた奴だ。
カヤがいつもの流れで杖を虚空から取り出してから言葉を続ける。
「お腹が空いていると、必死こいて襲ってくるわ。あの感じからすると1週間は何も食べていない様子ね。まぁ、あの子はそれ以外の感情で私たちに襲いかかって来てるみたいだけど」
だとしたらお前のせいですよね? 折られた牙の腹いせだろ。
「なぁ、猪って草食じゃなかったっけ?」
「残念、雑食よ。肉も食べるわ」
「ってことは……俺たちは獲物の範疇ってこと?」
俺は恐る恐る前を見る。ジャリ、ジャリと右前脚を地面に擦っている猪。ゲームとかなら、あれって突進する前の合図だが……。
「な、ナル……お前、前衛やってみないか? ビートバッシュって名前さ、如何にも前衛っぽいだろ。向いてると思うぞ」
「それは偏見というものっす。自慢じゃないですが、私は殆ど武器が使えません」
「さいですか」
という間抜けな会話を挟んで、ゲームの例に漏れずそいつは勢いよく突進して来た。
俺たちは横に飛んでそれを躱し、俺は即座に腰の短剣を引き抜く。
「おっとあっぶねぇ! カヤ、ナル、無事か?」
「もちろんっす!」
「コール」
安否確認の返事の代わりにカヤが念写の巻物を取り出す。
「あの猪のステータスを曝け出して」
その指令通り、巻物にその猪のステータスが表示される。
【名前】バトルボア
【スキル】
・防刃……幾重にも重なった体毛により斬撃に対して耐性を持つ。
「なんでこの大陸の奴ら前衛に手厳しいの!?」
「良かったじゃない。良い練習台になるわよ」
「ハードル高すぎだわ! あとな、レベル1でいきなりボス戦ってゲームだと大体負けイベントだからな!!」
最中、バトルボアがこちらに引き返して来る。攻撃が直線的なのと洞窟内が広いこともあり躱すのは苦ではないが、反撃するタイミングが分からない。
「さてタテナシ・アキト。あなたならこの窮地をどう乗り切る?」
「こんな時に質問か!?」
「あなたの素養を試してあげているのよ。錬金術師の私と運搬者兼魔法石使いのナルちゃん。パーティはこの2人とあなた。念写の巻物にはバトルボアの情報。さぁ、どうする?」
なんだこいつ、避けた時に頭でも打ったか? 質問の意味がまるで分からんぞ。
「どうするったって! ここは一旦体勢を整えるためにこの場を後退して……」
俺の鞄が輝き出したのはその時だった。




