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ローゼリア/【外伝】在りし日のクロノス③

 忘れもしない。あれは学年が1つ上がったその日の朝。


 私が朝、いつもの様に起きて自室の扉に手をかけたその時だった。



「……あれ? なにこれ」



 それは異様な光景だった。私がドアノブに触れた瞬間、ドアノブが結晶化したのだ。例えるなら琥珀。紫色の結晶の中にドアノブが閉じ込められている様なこの状況。一瞬何が起きたのか理解できなかった。


 しかし、理解の出来ない私を残して摩訶不思議な事象は継続していた。その結晶は拡大を続け、そのまま扉や棚までをも取り込み始めたのだ。


 このままでは私も取り込まれる。そう思った私は悲鳴を上げていた。



「きゃぁあああ!!」



 その悲鳴を聞いて駆け付けた両親が扉を蹴破って入って来た。



「ロザリー!? どうした!?」


「お父さん! なにかおかしいの! 私の触れたものがあんなになって」


「これは……なっ!?」



 お父さんの足に結晶が触れ、お父さんを取り込み始めた。つま先から膝、太もも、足の付け根……そこまであっという間だった。



「あなた!! きゃっ!?」



 それを引き剥がそうとするお母さんも飲み込まれ始める。



「うそ……うそうそうそ……なんで!? お父さん! お母さん! いやっ……いやぁあああ!!」



 私の叫び声が本人に届くよりも早く、両親は完全に紫の結晶に取り込まれてしまった。それでもなお、結晶の膨張は止まらない。



「な……なによこれ……なんなのよ!!」



 這い寄る様に私に近づく紫の結晶。私はずりずりと後ずさりするも、背中が壁に当たる。



「いや……来ないで……来ないでよ!!」



 私の目の前に転移門が開いたのはその時だった。



「遂に覚醒しおったか、クロノスよ」



 現われたのは見知らぬ老人だった。


 ……いや、見知らぬなんてことは無い。見たことはある。



「あ、あなたは……大爺様!?」



 ステルケンブルク本家の現頭首である。大爺様が杖を振るうと結晶の進行は完全に停止した。



「左様。そなた、名はなんという?」



 私は気が動転したまま、幽鬼する様に名前を口にする。



「ロ、ローゼリア……」


「そうか、ローゼリアか。この様な僻地な場所で覚醒するとは、合いも変わらず不思議な力じゃ。これは早急にキグナスに伝えねばならんな」



 私はそこで一度気を失った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ん……ここは?」



 目を覚ますと見た事の無い煌びやかな部屋にいた。ベッドの四方にカーテンが覆われており、まるでお姫様の様なベッドだと思った。



「私……なんでここに……」


「目覚めたか」



 カーテンの向こうに人影。



「え、はい……よく状況が……分かってないんですが?」



 私がそう言うとカーテンを開けて人が数名入って来た。その中心にいるのは間違いない、あの大爺様である。ステルケンブルク家で最も偉く、キグナス王の次に権力を持っている人物だ。


 大爺様はベッドの横の丸椅子に腰かけて私を見る。



「おぬし、記憶がないのか? まぁ、思い出したくないことであろうし致し方ないことかもしれんな」


「記憶……? 私、なんでこんな所に? それにあなたは大爺様ですよね? お会いすることになるとは思いませんでした」


「儂もカルナスまで足を運ぶことになろうとは思わんかったわい。まさか、本家から遠く離れた血筋であるおぬしに力が宿ることも想定外じゃ」


「力?」



 頭の前の方がぴきっと痛んだのはその時だった。



「あ……あぁっ!!」



 私が触れている布団の表面を這う様に紫色の結晶が広がり始める。



「いかん、力が暴走しておるな……あれを」



 大爺様の合図で従者が私の首に何かをかけた。その瞬間、結晶の浸食が停止した。



「クロノスの力を抑える特別なネックレスじゃ」


「はぁ……はぁ……っ……思い出した……この力で私はお父さんとお母さんを……」



 私の得体の知れない力で両親は結晶に取り込まれてしまった……一体何が起きているのかさっぱりわからない。今この時だって悪い夢なんじゃないかとすら思っている。



「ローゼリアといったか。こちらに来て貰おう」


「……はい」



 私は大爺様の後ろをついていく。両脇と後方に従者がそれぞれ配置され、まるで囚人だ。



「悪く思わんでくれ。力を制御できないクロノスは害悪以外の何者でもないのでな。ここじゃ」



 大爺様がその大きな扉を開け放つ。その扉の先は広間になっており、その広間の中央には結晶化した両親が置かれていた。



「お父さん! お母さん!!」



 駆け寄ろうとする私の腕を大爺様が掴んだ。



「触れてはならん。取り返しの付かぬことになるぞ」


「なぜですか! 早く助けてあげないといけないのに!!」


「出来ぬからこうなっておるのではないのか?」



 的確なことを言われてしまい私は抵抗する力を弱めた。



「一体……何が起きているんですか? 私の体はどうなってしまったんですか!?」


「覚醒したのじゃよ。頂点の力、『オリジナルスキル』に」


「オリジナル……スキル?」



 それは聞いたことのない言葉だった。



「ユニークスキルに聞き覚えは?」


「それはあります。通常のスキルの更に上位に位置するスキルですよね?」


「うむ。オリジナルスキルはいわばその更に上位のスキルじゃよ。この世界で同じ時代に数人しか持つことを許されない特殊なスキルじゃ」


「特殊な……私がそのスキルに目覚めたからお父さんとお母さんはああなっているのですか? なんで私が……!!」


「それは神のみぞ知る問いじゃ。おぬしが眠っている間におぬしのオリジナルスキルについて調べさせて貰った。おぬしが宿したのは空間を切り離す能力、【空間断絶】じゃ」


「【空間断絶】……それが、あの紫の結晶の……正体」



 大爺様は頷いた後、口を開く。



「あの紫の結晶が取り込んだ物は解除でもせん限りは、半永久的に時空から切り離されるようじゃ。極めて強力な力じゃ。御し切ることが出来ればの話じゃが」


「解除の方法が……あるんですね?」


「ある。じゃが今のおぬしには不可能じゃ。なにせ無意識に空間を切り取ってしまうのだからな。時間はある。制御する術を身に着けよ」


「……分かりました」



 こうして私は魔導院に通いながら大爺様の下で修業することになった。

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