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ウィルベル/決死の撤退

「よし、あとはただの一本道……もうすぐで出口だよ!」



 アキト達に討伐隊の撤退を託された僕たちは黒の洞窟の出口を目指して進んでいた。


 負傷者が数名いるということもあって思う様に進めないでいたけど、ここから先に魔物が隠れることの出来る場所は無かった。比較的安全に抜けられるはず。


 先頭を行く僕にナルが駆け寄る。



「ウィルベル! 負傷者全員、マズイ状態は抜けたっす。ただプリーストの魔力が尽きてこれ以上の怪我人を出すのはマズイっす」


「マズイ去ってまたマズイってことだね。典型的な負の連鎖……こういう時にこそ、魔物は現れそうなものだけどまさかそんな」



 僕のその悪い勘は即座に的中してしまう。



「ゴブリンの襲撃ですわ! 増援を頂戴!」



 最後衛のマドカの声。僕とナルは顔を見合わせて襲撃されている部隊の援護に駆け付けた。最後衛の最も手薄な部分を突くなんてよっぽど頭の回るリーダーがいるのだろう。でもおかしい……各群れにリーダーは1体のみ。ここのゴブリンリーダーはさっき倒したばかりなのに。



「マドカ! 状況を教えて!」


「ウィル!? 感謝ですわ。相手はゴブリン。数は見えているだけで40はいますわ」



 ナルが驚きの声を上げる。



「40です!?」


「えぇ。しかもあの横穴の中には恐らく伏兵もいましてよ」


「……横穴?」



 確かに、マドカの指さす先には大きな横穴が空いている。さっき通った時にはあんな穴無かったけど……【幻影】スキルか何かで穴を隠していたのだろうか?


 だとしたら『多少頭が回る魔物』とかそういう次元じゃない。まるで人間と同等の知能を有する個体がいるということだ。


 ……いや待てよ。あの横穴の様な『伏兵の潜伏場所』が僕たちの進行方向にもあったとしたら……。



「こっちにもゴブリンだ!! 数は数十体!! 援護を頼む!!」



 声が聞こえたのはつい先ほどまで僕がいた最前列。本当、当たって欲しくない勘ほどよく当たる。



「挟み撃ちです!?」


「ウィル、ここは私とナルエルに任せてあちらに行って差し上げて」


「分かった。任せたよ、ナル、マドカ。片付けたら戻って来るから!」



 僕は一転、最前列に戻った。そこには最後列よりも多くのゴブリンがいた。ざっと見積もって60数体。この時点で総数は僕たち討伐隊の3倍。更に、脅威なのは数だけではない。



「あれは!? ……そういうことだったんだね……」



 リーダーを失っても尚この統率力。その根源が僕たちの前に立ちはだかった。


 通常のゴブリンの10倍ほどの体躯に腰には戦利品らしき冒険者の剣を数本ぶら下げ、その名に相応しい王冠の様な物を頭に乗せている。


 ゴブリンリーダーは群れに1体。対してこいつは各大陸に1体のみ存在すると言われているレアモンスター。



「大陸の王者ゴブリンキング……お目にかかれるとは思いもしなかったよ」



 僕がスクラフィーガを構えるとゴブリンキングは僕をギロリと見下ろした。王に相応しい威圧感だ。きっと能力値だけで言えば僕よりも上なのだろう。



「それでも、僕は引けない。アキトに撤退を託されたんだ。そこを通して貰うよ!!」



 僕が駆けるのと同時に配下のゴブリンが10体ほど覆い被さるように飛び込んで来た。



「薙ぎ払う! せぇい!」



 槍を横に薙ぎ、飛び掛かって来ていたゴブリンをまとめて葬る。息をつく間もなく次のゴブリンたちが押し寄せる。僕は他の前列の冒険者ともに第二波、第三波とゴブリンの波を凌ぎ続ける。1体1体は確かに弱い。だけど。



「くっ……数が多すぎる!!」



 横穴からも続々と現れる配下のゴブリン。その群れの奥ではゴブリンキングが必死に抵抗する僕たちを嘲笑うかのように見ている。


 終わりがない。無限に押し寄せるゴブリンの波が20を超えた頃、遂に前線の冒険者の1人が絶望した表情で膝をついた。



「も、もうだめだ……ここで死ぬんだ……」


「諦めちゃダメだよ! じきにこの波は止まる! あのキングを討てば戦いも終わる! だから立ち上がるんだよ!」



 そんな風に発破をかけながら僕は槍を振るい続けた。来るゴブリンの波を薙ぎ払い、薙ぎ倒し、押し返した。しかし、相手の勢いは全く途切れることは無い。


 次第に腕にも力が入らなくなって来た。ここを片付けてナルとマドカの援護にも行かなきゃいけないのに。



「はぁ……! はぁ……! こんな困難、母さんの修業の比じゃないさ……だからまだ……まだ僕はやれる!」



 ……その後の必死の抵抗も虚しく、遂に僕以外の冒険者が諦めた。


 戦意が失われたのを好機と見たのか、ゴブリンキングが雄たけびをあげた。その合図で残りのゴブリンの波が一気に押し寄せる。背後のキングは勝利を確信したのか、僕たちを見てニヤリと笑みを浮かべた。



「くっ……まだ……僕は諦めない……諦めてたまるものか!! 母さんに会うまでは……死ねない!!」


「アークライト!」



 呪文の詠唱と共に、一筋の光が僕の目の前を走り、ゴブリンの群れが蹴散らされた。



「ウィルベルさん!」


「イリス……さん? 来てくれたん、ですね」



 僕は安堵感から全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。それを細くも逞しい腕が抱きとめる。目に映ったのは、赤い髪に金槌を模したネックレス。



「これだけの数を相手によく粘った。あとはうちらに任せろ」


「ミアさんまで? なんで」


「アテナもここにいる」



 声の方を見ると白髪の幼女が背中に四角い機械の鞄を背負って立っていた。



「アテナ!? こんな所にいたら危ないよ!」


「大丈夫だよ。アテナはこう見えて結構強いから」



 僕の前にイリスさんとミアさんとアテナが並んで立つ。



「イリス・ノーザンクロイツ。遅ればせながらみなを守ります!」


「ゴブリンキングか、随分と珍しい。良い素材が獲れそうだな」


「……CPバックパック起動。出て、クライム&パニッシュメント」



 聖杖と魔鎚を構えるイリスさんとミアさんの横で、アテナの合図と共に背中の鞄から『二つの銃』が現れた。



「アテナはあの人と約束した。この世界を真に平和な世界にするって。だから……」



 アテナは二丁の銃を構える。



「この場を制圧して、今度こそ」



 僕はそこで気を失ったらしく、それからの事はあまりよく覚えていない。


 ただ、次に目を覚ました時にはゴブリンキングは討伐されており、最後衛のナルとマドカもその場に合流していた。



「撤退は完了しましたよ。重傷者の治療も済んでいます。みな無事ですよ」



 イリスさんが治癒魔術を施しながらそう言った。



「そう、ですか。いっつつ……!!」



 筋肉痛にも似た痛み。



「あぁ! まだ動いてはいけません! 魔力がほとんど空だったんです。体に負担が出始めています」


「あっはは、ちょっと無理をし過ぎたね」



 洞窟の最奥から強烈な魔力の波動が流れて来たのは丁度その時だった。


 その先で僕たちは見ることになる。覚醒したアキトの強さを。

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