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楯無明人/別れの言葉

 夢殺しが振り下ろした歪な尾は腹を突き抜け、生暖かい血の飛沫が辺りに飛び散った。痛みは無く、俺の視界が真っ暗になる。



「……ゴフッ……無事か、アキト?」


「お前……なんで……」



 俺の前で身を盾にしたのはモルドレッドだった。夢殺しの尾が鎧ごと腹を貫通している。尾は武器としてみなされなかったのか、【斥力装甲】が発動していなかった。



「ちっ、邪魔しやがって」



 夢殺しがモルドレッドから尾を引き抜くと、モルドレッドは力なく仰向けに倒れた。



「お前……なんでだよ……なぁ!」


「さぁ……な……体が……勝手に……」



 からん、と兜が脱げ落ち、モルドレッドの素顔が露わになる。大量の汗に蒼白の顔。目の焦点も定まっておらず、マズイ状況であるのは一目で分かった。



「なんで俺を庇ったんだよ!!」


「……護るのが、俺の仕事……と、言っ……がふっ……!」



 大量の吐血。腹からもおびただしい量の血が流れ出ている。この場にこの傷を治せるレベルの治癒術式が使える人間はいない。一刻も早く治療しないといけないのに。


 どうして良いか分からず狼狽えていると、モルドレッドは静かに目を閉じ始めた。



「おい! 目を閉じんなよ!!」



 俺は咄嗟に傷口を動く方の腕で力一杯に押さえる。圧迫止血どころの怪我の具合ではないが、何もせずにはいられなかった。しかし、血は止まるどころか勢いを増すばかり。



「くそっ……止まれよ! 止まれ!!」


「はぁ……はぁ……もう、良い。逃げろ」


「良くねぇ! お前帰るんだろうが!! エレナさんの所に! 村の皆の所にさ!! 勝手に俺なんかを庇って死んでんじゃねぇよ! 馬鹿!!」


「そう……だ……俺は……帰らなければ……ここで……死ぬわけには……」



 モルドレッドは完全に目を閉じて微笑む。



「エレナ……すまない」



 そう言い終えると、モルドレッドの全身から力が完全に抜けた。一つの命が消えた。俺の目の前で。



「……うそ……だろ……こんなのって……こいつには帰る場所が……生きる意味が……あったのに……なんで……!!」


 

 いつの間にか目の前に来ていた夢殺しが俺に言う。



「人が死ぬのを見るのは初めてか? 随分と平和な世界になったもんだぜ……お涙頂戴の所悪いけどよ、てめぇも死ねよ」



 夢殺しはモルドレッドの血で染まった尾をもう一度俺に振り下ろした。刹那、俺の目の前に魔術壁が現れ、夢殺しの尾と衝突。俺と尾の間に割って入る様にカヤが立ち塞がる。



「アキト! 怪我は!?」


「カヤ……モルドレッドがやられた。息を……してない」


「なっ……」



 カヤは悔しさを滲ませた表情のまま、夢殺しの方を向いた。



「アキト、これからの事を話すわ」



 ピシッと魔術壁に小さな亀裂が入る。



「これからの……こと?」


「言い忘れていたことがあってね。召喚師が死んだ場合、そのパートナーは元の世界に還ることが出来るのよ」


「え」



 壁の亀裂が少しずつ大きくなっていく。



「カヤ? お前一体何を……」


「感謝しているわ、アキト。私のわがままに付き合ってくれて。私の夢の為にこんなに必死になってくれて」



 ばりん、と魔術壁が割れる。複数枚重ねて構築していたらしく、もう一枚内側の壁で尾が止まる。



「私はあなたと出会うまでずっと1人だった。母親は呪われ、周りの人間からも奇異の目で見られていた。退屈な人生だった。生まれた意味すらも失うところだった」



 がしゃん、と2枚目の壁が割れる。



「でも、夢が私を支えてくれた。叶えたい夢があったからこそ私は生きて来れた。そして、あなたにも出逢えた。これ以上ない程頼りないパートナーだったけれど、私はパートナーがあなたで良かったって思ってる。あなたじゃなかったら、ナルちゃんも、イリスさんも、ウィルベルも、アテナも、仲間になってくれなかったと思うもの」



 ばりん、と3枚目の壁が割れる。次が最後の魔術壁。



「……時間が無いわね。アキト、還る前に言っておきたいことは?」



 俺の頬からは涙がこぼれ落ちるばかりで何も言えなかった。



「全く情けないわね。それじゃあ私が言うわ」



 最後の魔術壁に亀裂が入った。



「アキト、あなたの人生は決して無意味なものじゃない。あっちの世界に戻っても強く生きなさい」


「……カ」



 彼女の名前を呼ぼうとした瞬間、魔術壁が粉々に砕け散り、夢殺しの尾がカヤの胴体へと迫る。カヤは俺の方を一瞥し、小さな声で言う。



「さようなら」


「カヤーーー!!!」



 終わっちまうのかこんな所で。仲間1人守れずに俺だけ生き延びて、本当にそれで良いのか?



 ――良いと思うか? 



(良い訳ねぇだろ! 借りた恩を少しも返せずに終わりたくねぇよ!)



 ――例え、その道のりが辛く険しいものでも?



(それでもだ! 大事な仲間を見捨てる選択肢なんて俺には存在しない!!)



 ――よく言った。そうでなくてはな。



 右手の光剣フィクサと鞄の紫の石刀が同時に強く発光した。



 ――教えてやる、この力の使い方を。



 その声は間違いなく、シグルド王の声だった。



 ――大切なのは『思い』だ。イメージしろ、強き自分の姿を。信じて疑うな、自分の中に眠る可能性を。自分には出来ないことは無いと、強く祈れ。出来なければ死ぬだけだ。



(何でもいい、俺に出来ることなら全部やってやる)



 ――良い答えだ。これは、想像を力に変える力。俺とお前にだけ許された絶対の力。活かすも殺すもお前次第。



(活かしてやる絶対に! それがどんな力でも、必ず俺はみんなを守ってみせる!)



 ――よし、さぁ活かしてみせろアキト。この力でこの窮地を脱してみせろ!



「やってやるさ……俺は仲間を死なせない! 絶対にだ!!」



 ――今こそ叫べ。その力の名は……。



「【技能創造】!!」

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