楯無明人/力の差
俺たちが武器を構えた瞬間、眼前にいる男はニヤリと笑い、ナイフに付着している血をべろりと舐めた。典型的な殺人狂みたいな仕草で背筋が凍った。
夢殺し……そうだ、思い出した。魔剣戦役の時代、数多の勇者を屠り、錬金術師激減の原因を作った男。カヤの母親であるリサさんが討伐したと言われていたが、何故かそいつが今俺たちの前に姿を現している。しかも、体が半分悪魔にも似た異形と化して。
「ん? どしたぁ? 来ないのか?」
指を曲げてひょいひょいと挑発の意を込めた仕草に動じてしまったのはモルドレッドだった。
「おぉおおおお!」
「遅ぇつったろうが!」
夢殺しは魔槍の薙ぎ払いを躱し、右手のナイフをモルドレッドの首目掛けて振るう。モルドレッドはそれに対し、わずかに身を屈め、兜で斬撃を防いだ。
そして、夢殺しの一撃がモルドレッドの鋼鉄の兜に触れた瞬間、ナイフが物凄い勢いで弾かれ、岩の壁に突き刺さった。
――【斥力装甲】。
武器を弾く力を鎧に付与する、モルドレッドのユニークスキルの効果だ。
弾かれたナイフを一瞥して夢殺しは口を開く。
「あん? なんだその鎧? 特注か?」
「……お前を、倒す力だ」
モルドレッドが再び魔槍を振るうと夢殺しは後ろに飛んで距離を取った。
「良いねぇ、なんらかのスキルと見たぜ。ちったぁ面白いもんが見れそうだなおい」
俺とカヤがモルドレッドの横に並ぶ。
「モルドレッド、突出すんなって。俺たちが援護すっから」
「恩に切る、アキト。冷静さを、欠いていた」
「気持ちは分かるわ、モルドレッド。マドカの母親の仇だもの」
マドカの母親……あのお墓に眠ってたイスルギ・エリカって人だよな。あいつがエリカさんを殺したせいでマドカは1人に……パートナーじゃねぇ俺でも良い気はしない。
モルドレットは怒気を込めた声で言う。
「あいつのせいで、マドカは不幸な道を、辿った。俺は、あいつを絶対に、許さない!」
「パートナーの親の仇か……お前の怒りはごもっともだぜモルドレッド。ただ、俺たちの目的は撤退までの時間稼ぎだ。それを忘れんなよ」
「分かっている。来るぞ」
眼前に視線を向けると、先ほどまでそこにいたはずの夢殺しがそこにいなかった。一体何処に……?
「あ? どっち見てんだ?」
声がしたのは俺の背後。俺が振り向くよりも早く、夢殺しの鋭く尖った尾が迫る。
「くそっ!」
「アトモスフィア!」
カヤの魔術壁が現れ、俺に刺さる直前で尾が弾かれる。
「すまん、助かったマジで!」
「ぼさっとしない! この動き、夢殺しの速力のパラメーターは最大値よ。一瞬の隙が命取り」
「その通りだぜ、クソ錬金術師さんよぉ!」
「きゃっ!?」
カヤが見えない何かに吹き飛ばされ、地面を転がった。
「カヤ!!」
「他人の心配をしてる暇があんのか? クソガキ」
「余所見とは、良い度胸、だな」
夢殺しの背後に移動していたモルドレッドが魔槍を夢殺し目掛けて渾身の力で振り下ろし、地面に叩きつけた。その衝撃で地面には大きなクレーターが形成される。
しかし、間一髪で避けたのだろう。夢殺しは無傷のまま再び俺たちの目の前に現れる。
「ものすげぇ威力だな、鎧の。さてはお前が『英雄の血筋』か?」
「……さぁな」
モルドレッドがそう言うと、夢殺しは不敵な笑みを浮かべた。
「そうかいそうかい。やっぱ俺の今回の獲物はお前か、鎧の。メレフの野郎がうっせぇんだよ、英雄の血筋を探し出して殺せってよぉ」
あいつ、なに言ってんだ? それに英雄の血筋って言葉……どっかで……。
「お前は、メレフの、手先か?」
「手先? 勘違いすんじゃねぇ、俺とメレフの関係は従属じゃねぇ。俺は俺にしか従わねぇんだよ。ただよ、準魔剣っつったか? その力でもう一度殺戮の限りを尽くせるのには感謝してんだよなぁ。人を裂く感覚と高揚感! ナイフが肌をするりと撫でるあの手触り! それを思う存分楽しめる!! さいっこうだぜおい!」
「……お喋りが、過ぎたな。やれ、錬金術師」
夢殺しの背後には先程吹き飛ばされていたカヤがいた。カヤは同時に2つのスキルを発動させる。
「【操風術】! 【重力制御】!」
次の瞬間、夢殺しは体を不可視の『風の鎖』で縛られ、その後、まるで上から物凄い力で抑えつけられているかの様に地面に叩きつけられた。両腕を鎖で拘束された上、超重力で押し潰されている今なら、たとえ素早さが最大値のアイツでも攻撃は避けられない。
「んぐぉっ……!? ほぉ、すげぇ魔力じゃねぇか……ピクリとも動けねぇぞ」
「モルドレッド! 今よ!」
「分かっている!」
カヤの合図よりも早くモルドレッドが魔槍を振り上げ、地面に叩きつけた。地響きと共に大きな音が洞窟内に響き渡った。
『重撃』を有する魔槍の直撃。勝負あった。
ここにいる誰もがそう思った。
「甘ぇよ、全然甘ぇ!!」
「なにっ!?」
俺たちは目を疑った。うつ伏せに倒れている夢殺しが背中に生えている翼で魔槍の一撃を防いでいたのだ。
モルドレッド同様、俺も動揺を隠せなかった。全てを粉砕する固有能力『重撃』を有する一撃がこうもあっさり受け止められたのだから。
あの翼は普通じゃない。そう判断した俺は反射的に【慧眼】を発動させ、それによって得られた結果を2人に端的に伝える。
「下がれ! それは『武器無効化能力』だ!! その翼には武器の能力が一切効かない!!」
「なんだとっ!?」
モルドレッドが振るった魔槍を構え直そうとしたその瞬間、俺と夢殺しの目が合った。
「……へぇ、やっぱあの邪魔なクソガキから殺すか」
夢殺しは力業でカヤの魔術を解除し、俺に目掛けて飛んで来た。俺は反射的に右手の光剣フィクサを体の前で構える。
「俺かよ!? くそっ! やっぱ速い!!」
「アキト! 二歩下がって!」
俺の前にカヤが魔術壁を出した。防御に全振りしたカヤによる、最高強度の魔術壁。
「それが何だってんだよ!」
夢殺しは腰から生えている歪な鋭い尾でその魔術壁を突き刺す。
「そんなことしても破れるわけ……っ!?」
尾が触れた瞬間、ぴきっと魔術壁にヒビが入った。カヤを含めたこの場にいる誰もが、ウィルの聖槍スクラフィーガや魔槍バルムンクでもない限りは破れないもんだと思ってた。
それが今、ただの鋭いだけの尾によって、破られようとしている。
「破られる……? 嘘だろ……!?」
「邪魔くせぇ壁だな! さっさと割れちまいな!!」
次の瞬間、ガシャン、という鏡が割れた様な音が辺りに響いた。
カヤの魔術壁は脆くも崩れ去り、夢殺しの一撃が今まさに俺に届こうとしている。その動きは眼では追えるものの、足がついていかない。これが、素早さのステータスによる差。
(動けねぇ……死んだな、俺)
俺は死を覚悟した。現世でメレフに留めを刺されそうになったあの瞬間と同じだ。
あの時はカヤが助けてくれたが、そいつはいま俺の視界の先で俺に手を伸ばして俺の名前を叫んでいる。
走馬灯……そう言えば魔王に襲われた時は何も無かった。そりゃ現世での人生、殺風景過ぎたもんな。あんときゃ、思い出す思い出も無いまま死ぬところだったが……今は違う。
グリヴァースに来てからというもの、俺には色々起こり過ぎた。
到着早々パートナーの錬金術オタクに罵られ、最弱の烙印を押され、伝説の武器もロクに扱えず、女ばっかのパーティで周りに助けられてばっかで。あぁ、本当に最悪な思い出ばっかだぜ。
でも、走馬灯として蘇るくらいには……楽しかったのかもな。
「死ねや!!」
夢殺しが振り上げた尾を俺に振り下ろす。
これが死か。気分は最悪だ。ただまぁ、目の前で仲間に死なれるよりかはマシかもな。……無事逃げてくれよ、みんな。
ドスっと刃物が体を貫く音が辺りに響いた。




