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楯無明人/野営の夜:鎧の真実

 黒の洞窟までの道のりは長く、数日を要するらしい。道中に町や村は無く、久々の野営である。



「アキト、持って来たぞ」



 どさっと大量の木の枝を持って来たのは重鎧を脱ぎ放ったモルドレッドである。



「お、気が利くな。ちょうど切らしてたんだ」


「くべようか?」


「良いのか? 頼むわ」



 俺が筒に息を吹き入れて風を起こし、モルドレッドがその大きな手で木の枝を火に放る。こいつが持つと爪楊枝は言い過ぎにしても枝が小さく見えんな。



「お、いい感じに火が強くなってきたな」


「そう、だな」


「もっと入れて良いぞ」


「分かった」


「……」


「……」


「……なぁ、そろそろ良いか?」



 俺は手に持っていた筒を地面に叩きつける。



「なんでお前ちゃっかり馴染んでんだよ!? 親しげに話しかけて来てびっくりしたわ!! 俺とお前、生死をかけた決闘をした仲だよな!? いきなり従順な良い奴っぽくなってて驚くわ!! 裏でもあんのか!? あるんだろ!?」



 早口でまくしたてる様に言い終えて、一呼吸置く。モルドレッドは素知らぬ顔でカップのコーヒーをぐびりと飲んだ。



「なにか、言ったか?」


「聞いてねぇし!?」



 それに対しモルドレッドは口角をわずかにあげて答える。



「冗談だ。しっかりと、聞こえていた」


「ボケかよ!? 分かりづれぇんだよ! てかお前そんなキャラだっけか!?」


「キャラ? 言っていることが、よく分からないな。俺は、俺だ」


「へいへいそうですか」



 こいつのペースに飲まれたら一生話通じない気がするわ。


 俺は火を挟んでモルドレッドの正面に座る。モルドレッドの傍らには魔槍バルムンクが置かれており、槍先がこちらを向いているため反射的にびくついてしまった。



「怖いか? これが」


「怖くないわけねぇだろが。俺1回そいつに腕砕かれてんだぞ? 壁に叩きつけられて全身の骨もバキバキ。イリスさんがいなかったら死んでたぞ俺」


「……そう言えば、聖女が、いないな?」


「話聞いてます? 魔槍の話振って来たのお前じゃねぇか」



 マドカ並に人の話聞かないなこいつ。



「イリスさんはリヒテルに留守番だ。訳あってな」


「……貴重で稀有な、回復役、なのに。厳しい、戦いになるだろうな」


「イリスさんの力は認めてるんだな」


「彼女、だけではない。アキトの、パーティのメンバーは、粒ぞろいだ。全員が全員を、支え合っている。とても強いと、思うぞ」



 こいつが俺たちを褒めるってよっぽどだな。



「……やっぱお前なんかあったのか? もっと前はトゲトゲしてただろ?」


「俺は変わってなど、いないさ。上手く喋れなかった分、誤解が生まれた」


「マドカが魔術で擬似声帯作ってんだよな?」


「そうだ。彼女の錬度が上がった分、俺は以前の様に、喋れるように、なりつつある。まだ、本調子とはいかないが」



 確かに、マギステルでこいつと戦った時はもっとカタコトな喋り方だったもんな。というかあの喉の傷、相当深い傷だったが一体こいつに何が?


 俺の表情から読み取ったのか、モルドレッドはこう口を開いた。



「気になるか?」


「聞いたら教えてくれるのか?」


「別に隠す程の、ことでもないさ」



 と言って、モルドレッドは語ってくれた。自分がグリヴァースに転移してくる前の出来事を。


 本名をモルドレッド・カーチスといい、山間の集落に暮らしている、体が少し大きいだけの普通の男だった。村の為に自ら進んで長年警護を務め、村人にとても慕われていた。そして、その村人の一人であるエレナという女性と恋におち、結婚することになったらしい。


 その出来事を語るモルドレッドは今までに見たことも無いような、幸せそうな表情をしていた。



「お前、嬉しそうだな。よっぽどそのエレナって人は綺麗なんだな」


「あぁ、清廉で穢れの無い、美しい女性だ。俺には、勿体無いくらいさ」


「あらあら惚気ですかカーチスさん」


「本人の前では、言えないがな。……エレナは俺の、大切な人だ。エレナだけじゃない、他の村人も、全員大切なんだ。誰1人、欠いてはいけないんだ」



 モルドレッドは表情を悔しそうなものに一変させた。



「……何があった?」


「漆黒の、野犬だ。忘れもしない」



 モルドレッドの村の周辺で野犬による被害が出たらしく、こいつは村を守るためにその野犬を追い払おうとしたようだ。その結果、モルドレッドは瀕死の重傷を負った。



「足を噛み砕かれ、喉を噛まれた。俺は死ぬと思った。最期の力を振り絞って、俺は叫んだ。逃げろ、逃げろと。その声は、声にならなかった。そして、その漆黒の野犬は、群れで俺の村へと、向かって行った。俺がマドカに召喚されたのは、その直後だ」


「……」



 それから1年近い月日が経とうとしている。普通に考えたらモルドレッドの村はもう……。



「俺はまだ、諦めていない」


「え?」


「マドカは、俺の救世主だった」



 イスルギ・マドカは錬金術師としては確かに二流かもしれない。だが、あいつはカヤと違って幅広い分野の魔術を習得している。擬似声帯なんて真似はカヤには出来ないし、これからこいつが言う事なんかは間違いなく錬金術師の分野外だ。



「異世界の時間の流れを遅くした!? そんなことが出来んのか!?」


「マドカの母親、イスルギ・エリカの研究成果らしい。そのおかげで、俺にはまだ、希望は残されている」



 ……マドカの母親って言えば、確か最弱の錬金術師って言われてた人だよな。最弱と呼ばれながらも様々な研究をやってたんだな。



「それでお前はマドカのパートナーに?」


「そうだ。俺はマドカと共に、魔王を倒し亡き母親の、名誉を回復させると誓った。そして俺は、元の世界に還りエレナを、村の皆を救うんだ」


「それがお前の旅の目的か。……還れると良いな、あっちの世界にさ」



 モルドレッドは頷き、俺を見る。



「……アキト、お前は何を背負っている? 短期間でなぜ、あそこまで強くなれた?」


「いや別に? お前ほど立派なもんは背負っちゃいねぇよ。マギステルでお前に勝ったのだってマグレみたいなもんだ。俺はただ、カヤに恩返しがしてぇだけだよ。無意味で空っぽな命に、あいつは意味をくれた。だから俺は、魔王を倒してカヤの夢を叶えてやるんだ」


「それがお前の、強さの秘訣か。なるほどな」



 モルドレッドは静かに立ち上がる。



「互いに、討伐目標は、魔王メレフ」


「で、お互いの戦う理由も知っちまった。だが」


「俺は俺の、戦う理由は、曲げない」


「俺も曲げるつもりは毛頭ねぇ」



 モルドレッドと俺はほぼ同時に自分自身に親指を立てて宣言する。



「「魔王を倒すのは俺たちだ」」



 俺たちはそれ以上言葉を交わすことなく、互いのテントへと戻った。

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