モルドレッド/【外伝】届かぬ聲⑤
イスルギ・マドカは俺にとっての救世主だった。
「グリヴァースとあなたのいた世界の時間の流れは同じ速度ではありませんわ」
マドカは俺にそう語る。
「あなたを襲った漆黒の野犬があなたの村に到着するまで恐らく1時間と少し、普通に考えれば間に合わない」
マドカは『でも』と付け足してこう続ける。
「『今の』あなたの世界の1時間はグリヴァースでの1年に相当しますわ。つまり、タイムリミットは1時間ではない」
「ナ……ンダト?」
まだ、間に合うというのか!?
「この私に感謝して欲しいですわね。母の遺した技術とアイテムを惜しみなく使って時の流れを操作したのですもの」
「アリガ、トウ……ホントウニ……アリガトウ」
自然と涙が溢れ始める。
「ちょっ!? 感涙しろとまでは言っていませんわよ!? まったく……」
マドカは俺の縄を解き、小さな布を渡した。これで涙を拭けというのだろう。
「私もあなたの事情は把握している。だから、早く元の世界に帰って貰いたいとは思う。ただし、ルールがありますわ」
「ルール?」
「えぇ、召喚された勇者は契約を結んだ者の定めた条件を達成しなければ元の世界に戻ることは出来ませんの。そして、私が定めた条件は『母の名誉を回復すること』」
「ソノタメニ、マオウヲ、タオセト?」
「その通りですわ」
俺は、元の世界に戻れる。
エレナを、村の皆を守ることが出来る。
ただ、そのためにはマドカと共に魔王とやらを倒し、マドカの母親の名誉を取り戻さなければならない。
そして、そのタイムリミットは約1年。
「理解できたかしら?」
俺は静かに頷く。
「それは良かったですわ。ちなみにお知らせしておくと、あなたを召喚してから既に1週間が経過していますわ。ここエインヘルのプリーストの協力を得てあなたの全身の傷を治癒するのにそれくらいの時間がかかりましたのよ」
「カンシャ、シテイル」
「あぁちがっ……べ、別に感謝して欲しい訳ではないですわ」
マドカは顔を照れた様子で言葉を続ける。
「私が言いたいのは、急がねばならないということですわ。魔王メレフがいる魔の大陸アポクリファまでの道のりは長いですもの」
善は急げということだな。俺はベッドから起き上がる。
「イコウ、マドカ」
「ちょっと待ちなさい。あなたにはまだ通過儀礼が残されていますわ」
「ツウカギレイ?」
「武器も無くどうするおつもり?」
確かに俺は武器を持っていない。召喚前に持っていた投擲槍は折れてしまっている。
「この巻物をお持ちなさいな」
マドカは俺に小さな巻物を手渡した。
「コレガ、オレノ、ブキ?」
「に、変わるものですわ。あなたが念じれば、あなたに相応しい武器が創造されますわ」
「……フサワシイ……ブキカ」
俺は巻物に念じた。
力が欲しいと。無力な自分がこのマドカの夢を叶えることが出来る様に。
その思いに反応して現れた武器は、漆黒の槍だった。
「コレハ……」
「『魔槍バルムンク』……ですって? す、素晴らしいですわ!」
マドカは俺の手を握る。
「伝説の武器ですわよ! あなたのユニークスキル【斥力装甲】と合せれば無敵ですわ!」
話に全くついていけない。伝説の武器? ユニークスキル?
「さて行きましょう、モルドレッド。手始めにあなたの防具を調達致しますわ。もっとも、ユニークスキル見合いで重鎧になってしまいますけれど」
「……カマワナイ」
俺はその流れで先ほどからあげられている『ユニークスキル』について尋ねてみた。
「選ばれし者にのみ習得を許された特殊な技能の事ですわ。あなたの場合は【斥力装甲】。重鎧に武器を弾く能力を付与するスキルですの」
「ブキヲ、ハジク……」
己の身を守るための力……か。
「ここから先は私の推測ですが、【斥力装甲】が発現したのはあなたの『絶望』に反応したと考えられますわ。あなたは村の皆はおろか、自分の身すら守れなかった。今度こそ自分を守りたい、その強い思いが【斥力装甲】として現れたのですわね、きっと」
「……オクビョウナ、チカラダナ」
「ものは言い様ですわ。ちなみに、もう1つ【可変装甲】というユニークスキルも発現していますわ。これは己の鎧の形状を意のままに変化させるスキル。こっちは『なんとしても村の皆を守りたい』という思いに反応して発現したと思われますわ」
【斥力装甲】と【可変装甲】。
それと、魔槍バルムンク。
それが俺に与えられた力。
これらを使って俺は、魔王を倒さねばならないのか。
「行きますわよ、モルドレッド」
「アァ、イコウカ」
こうして俺の鎧の騎士としての生活が始まった。
刻限は1年余り。
エレナ……待っていろ。俺が絶対に助けに行くからな。
モルドレッド【外伝】届かぬ聲……終幕




