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モルドレッド/【外伝】届かぬ聲④

 次に意識が目覚めた時、俺は見知らぬ神殿にいた。



「満を持して召喚してみれば、手負いも手負い、死にかけの殿方だとは思いもしませんでしたわ」



 俺を見下ろしているのはエレナとそう歳の代わらない女性だった。


 ローブを羽織っており、頭の両脇に多く束ねた髪をぶら下げる特異な髪型をしている。俺は彼女にお前は誰だ、ここはどこだ、そう問おうとした。



「……オアエア……」



 声が上手く出ない。何故?


 俺は右手で喉に触れる。そこには手の感触で分かるくらいの大きな傷跡が残されていた。


 穿たれたようなこの傷は……なんだ?



「召喚直後は記憶の混濁が見られると聞いておりますわ。あなたはじきに、自分が転移する前の事を思い出すことでしょう」


「……テン、イ?」



 この子は何を言っている?


 俺はこんな所で何を……帰らなければ、エレナの元に。



「……ア……」



 エレナ……そうだ……俺はなんでこんな所に……。



「ア……アァ……」



 漆黒の野犬……どうなったんだ……俺を喰い尽くし、その後……っ!?


 ……思い出した。


 この喉の深い傷の由来も、やらなければならないことも。



「アァアアア! ……ウゥァアアア!! ニゲロ! ニゲ……ロ!!」



 俺は叫んでいた。千切れそうなほど痛むその喉で。


 逃げろ! 逃げろ! と、まるで夢にうなされる様に叫び続けた。



「ちょっ、急にどうなさいましたの!? まさか、転移前の記憶が……止む無しですわね」



 その女性は俺に向かって杖を振るった。


 次第に意識が薄れていく。



「詳しい話は、また後で話しますわ。おやすみなさい」



 俺はそのまま眠りに落ちた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 次に目が覚めた時、俺はどこかの部屋のベッドで縛られていた。



「目が覚めましたのね? あら、悪く思わないで下さいまし。また暴れられると取り押さえるのが面倒ですの」



 その女性は隣のベッドで本を読んでいた。



「さてと、あなたが気を失っている間にあなたの事を調べさせて貰いましたわ」



 彼女は俺に分厚い本を見せびらかす。



「この本は、お母様の研究成果ですわ。【閲覧】の能力を込めた特殊な本で、対象の記憶を覗きこむことが出来ますのよ。とはいっても、今のあなたに何を言ってもまだ分からないでしょうけど」



 その子が言っている通り、何一つ理解できなかった。記憶を覗き見る? そんなことできる訳……。



「エレナ、美しい女性ですわね」


「っ!?」



 俺は反射的に体を起こそうとするも、縛られていて起き上がれない。



「落ち着きなさい。モルドレッド・カーチス」



 なんで俺の名前を知っている?



「あなたの転移前の状況はしっかりと見させて頂きましたわ。その上で中立的な立場でものを言わせて頂きますと……」



 その女性は俺の目を見て、こう告げる。



「あなたの村は絶望的ですわね」



 聞きたくない言葉だった。


 心のどこかでは「まだ間に合う」と思っていたから。


 でも、冷静になって考えてみると大丈夫な訳はなかったんだ。


 あの野犬どもが村に着くまで1時間弱。対して、俺はこんな訳の分からない場所に連れて来られて致死レベルの傷を治療された上で、縄で縛り上げられている。


 おそらく、数日、いや、数週間が経過していてもおかしくない。



「……エ……レナ」



 俺は……守れなかった。


 自分自身も、大切な人達も。



「ウッ……ウゥ……」


「泣くのはまだ早いですわよ?」



 その女性は俺の目を見据える。



「確かに状況は絶望的。でも、その絶望が確定した訳じゃない。希望はまだ残されていますわ」


「キ……ボウ?」


「えぇそうですわ。一縷の希望という言葉がかわいく思えるほどの絶望的な希望ですけれどね」



 どういうことだ? この女性は何を言っている?



「諸々を話す前に自己紹介をしましょう。私はイスルギ・マドカ。錬金術師ですわ」


「レン……キンジュツ?」


「耳馴染みがないのは当然。あなたがいた世界には存在しない概念ですもの」



 俺がいた世界……?



「ココハ、ドコダ?」


「世界の名はグリヴァース。早速ですがあなたに命じますわ」



 マドカと名乗った女性は俺に告げる。



「私と共に魔王を倒してくださるかしら?」

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