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シグルド/宣戦布告

 俺は血の海にうつ伏せで倒れ込むカジオーに駆け寄る。



「カジオー!! しっかりしろ!!」



 カジオーの大きく重い体を仰向けにする。腹部には刃物による刺し傷が見られ、カジオーは既に息絶えていた。



「っ!? ……なぜ、こんなことに……」


「シグルド! 一体なにが……!? んだよこれ……」



 少し遅れてリーヤが合流した。



「おい、カジオーは?」



 俺はリーヤの言葉に対し首を横に振る。



「……刺し傷がある。誰かに殺されたのだろう。周囲が荒らされている所を見るとバハムート襲撃の混乱に乗じた強盗による仕業か」



 ぎぃ、と工房の奥の扉が開かれて幼き少女が現れる。カジオーの娘、ミア・ハンマースミスだ。



「お父さん、どこ? うち、トイレ行きたい」



 眠たい目を擦りながら辺りを見渡し始めるミア。今のこの状態を見せるわけにはいかない。



「リーヤ、ミアを頼む」


「分かった。ミアには隠しておくのか?」


「いや、いずれ分かることだ。スキルでこの血だまりと傷口をどうにかして、それから状況を説明する。幼子にこの光景は刺激が強すぎるからな」



 俺はスキルでカジオーの傷口を塞ぎながら考える。


 王都で最も有名なこの工房に強盗が入る可能性は確かにゼロではない。だが何故ここだった? 金目の物が目当てなら他にいくらでも場所はある。ここにしかない物が何かあったか?



「……まさか!?」



 俺は工房への地下へと下りる。本来、そこには厳重に施錠が施された保管庫があり、クーデターに使われた準魔剣が納められていた。


 しかし、そこに行ってみると施錠されていた扉は破壊されており、中に納められていた100本を超える準魔剣は全てその姿を消していた。



「……目当ては準魔剣……カジオーは抵抗したから殺されたのか……いや、仮にそうでないとするならば……」



 口封じか。ここに準魔剣があったことを知っているのは一部の者だけ。キグナス王とその従者、そして俺達。バハムート出現の混乱に乗じての犯行。もしバハムートの召喚そのものの目的が俺たちの足止めだとするならば、強盗犯の本当の目的は……。

 

 俺は急いで工房に戻る。



「なんだシグルド、そこにいたのか。ミアなら寝ちまったぜ。あたしも片付け手伝うよ」


「リーヤ! 今すぐ全員を城に集めろ! 王の間だ、急げ!」


「は? 何言って……とにかく集めれば良いんだな!?」



 俺とリーヤは一斉にカジオーの工房を出て右と左、違う方に駆けた。


 俺はリヒテル城を目指し最大速力で駆ける。


 カジオーは口封じの為に殺害された、というのはまだ仮説に過ぎないが看過できない考えだ。仮説通りなら次に狙われるのは俺達の誰かか、城の者たち。そして脳裏をかすめるのはキグナス王のもうじき自分は死ぬというあの言葉。



「間に合ってくれ……!」



 壁を飛び越えて入口の扉を開け放ち階段を駆け上がる。この長い廊下を突き進んで曲がればそこが王の間の入口。



「なっ!?」



 王の間へと続く廊下に3人の人物が倒れている。2人は王の間を守護する鎧の兵士。そしてもう1人は執事服の老人。先ほどまで共に酒を飲んでいた人物だ。おびただしい血の量で一目見ただけで既に事切れていることが分かった。



「サイナス執事長!? くそ、一体何が……」



 俺はその場を素通りし王の間の扉を開ける。



「キグナス王!!」



 そこには見知らぬ人物が立っていた。いや、『人』とは違う別の何かだった。


 身体はカジオーよりも大きく、黒いローブに身を包んでいる。手には巨大な鎌を持ち、その姿は伝承における死神を連想させた。


 そして、その死神の足元にはキグナス王が血を流して横たわっている。



「……くっ! 貴様ぁああ!」



 俺はグラムを抜き放ち死神目掛けて振り下ろすも、その死神は霧の様に消えて玉座の前に再び現れた。



「何者だ!?」



 死神は首をわずかに傾けて歪な声で名を名乗る。



「我が名は、魔剣の王メレフ」


「魔剣の王、だと?」



 その時、仲間が王の間に到着した。


 開口一番ローゼリアが声を上げる。



「シグルド、これは一体!? そいつは誰!?」


「俺にも分からない。だが魔剣の王メレフだと名乗った」



 俺の言葉にロウリィとルミナが返す。



「魔剣の王……魔王?」


「メレフ……?」



 ルミナがおぼつかない足取りで俺の横に並んだ。



「あんた……メレフだよね? 死んだはずじゃ……」


「……ほう、この男の馴染か。残念だったな幼子よ。私はメレフであってメレフではない」



 ルミナはそれに返す。



「ルミナは幼子じゃないし! こう見えても成人してんの!!」



 いや、気にするのはそこなのか。


 変な所に食いついたルミナに対し、リーヤは的確な返しをした。



「お前……あのメレフなのか!? お前はあたしが殺したはずだ!!」


「確かにこの男はお前の一撃で瀕死となった。だが、準魔剣の力をもってすればこうして意のままに操ることが出来るのだよ。知識、能力はそのままにな」


「貴様は一体……」


「……聞け、皆の者よ」



 メレフは俺の問いに答えることなく、こう宣言する。



「我が率いる魔剣の軍勢はグリヴァースの全人類に対し、宣戦布告をする」


「宣戦……布告だと?」


「そうだシグルド・オーレリア。お前が大嫌いな戦争が始まるんだよ」


「……そんなこと、させるものか! 貴様をここで討つ!!」



 俺がグラムを構えた瞬間、メレフの頭上にシズクが現れ、ベニツバキを振るった。同時に俺の背後からエストが瞬時に間合いを詰めて拳を振るう。



「甘いな」



 両者の攻撃が触れる寸前、メレフは完全に姿を消した。



「くっ……仕留め損ないましたか……」


「素早い奴じゃな」


『恐れおののけ。間もなくこの世界は鮮血に染まるであろう。戦場で会うのを楽しみにしているぞ』



 魔王メレフはそう言い残して気配を消した。

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