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シグルド/竜王討伐

 先程の轟音で起きて来たエストが駆け上がってきた。



「なんじゃさっきの音は!?」


「あれを見てみろ」



 エストは赤黒い竜を見て固まる。



「あれは……バハムートか!?」


「エストがそう言うなら、間違いないみたいだね」



 ローゼリアは魔杖を取り出して構える。



「竜の始祖、竜王バハムート。数百年に一度、人類に災厄をもたらす存在。こんな時に出て来ちゃって不吉だなぁ。エスト、他のみんなは?」


「轟音と共にカジオーとサイナスが慌てて出て行きおった。リーヤとルミナも目覚めておるが二日酔いでやられておる。ロウリィは起きもせん」


「こんな時に限ってもう……シズちゃんは?」


「こちらに」



 目の前に瞬時に膝を付いたシズクが現れた。



「変態騎士、あの竜の討伐の命を。私も戦えます」


「約束は覚えているか?」


「自らの命を軽々に投げ出すな。ですよね? 忘れるわけはありません」


「よし、構えろ」



 俺たちは一斉に武器を構える。


 相手は強大な竜バハムート。対してこちらはたったの4人。しかも1人は軽度の二日酔い。



「だからなんだって話だよね。やることは変わらないよ」


「よく言った、流石は俺のマスターだ。行くぞ!」



 俺たちは屋根から一斉に飛び降り、空に咆哮をあげる竜の討伐へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 バハムートの下には既に王都の衛兵がいた。だがいずれも押されている。


 今まさに巨大な尾で叩きつけられそうになっている部隊に合流し、その尾を断ち切る。



「援護に来た!」


「あなたはクロノス様御一行の!?」


「本人もいるよ」


「クロノス様!? 助かります! みんな、クロノス様が来られた! 踏ん張るんだ!! 今一度声を上げよ!!」



 おぉ、と一斉に叫ぶ衛兵たち。例の軍事演習のおかげか、よく統率がとれている。



「おい、あんたが部隊長か? 俺はシグルド。名前は?」


「ベルタス・サイナス・フリッツだ」



 この男も数多くいるサイナスの1人か。



「よし、フリッツ。この場は俺たちに任せろ。住民の避難を最優先で頼む」


「しかし!」


「大丈夫だよ。私達に任せて?」


「……御武運を!」



 フリッツは他の部隊と合流し避難誘導を始めた。



「のぉシグルド、本当に良かったのか? わしらだけでやれるかのぉ?」


「ふっ。誰よりも入念に準備運動をしている奴が何を言う。それにやれるかどうかではなく、やるんだ。俺たちなら出来る」


「なっ!? 変態騎士が少しばかりカッコよく見えました……私の視力も地に落ちたものです」


「いいから構えろ! ベニツバキの殺気が漏れているぞ、集中が足りない」


「い、言われなくてもやりますよ!」



 改めて武器を構え直す俺達。


 最後衛にローゼリア、俺とエストとシズクの3人は前衛だ。



「よくもまぁ前衛職ばかりが集まったものじゃな」


「あぁ!? みなさん! バハムートの口に魔力が収束しています!」


「エスト!!」


「分かっておるわ! 吸い尽くせ、ヴェスタル!!」



 エストが右手の魔拳の固有能力を解放する。バハムートが溜めていた魔力は魔拳に吸収され、そっくりそのままエストの右腕に宿った。



「いつ見ても便利過ぎないその能力?」


「わっはは! わしは『竜拳』ぞ。これだけではないわ。聖拳スミルノフで竜の手を具現化して……掴む! どっせぇえええい!」



 エストの背負い投げでバハムートが町の郊外に吹き飛ぶ。あそこなら暴れられても被害は少ないはずだ。



「良くやったエスト!」


「もう休んでも良いか?」


「だめに決まっているだろ!?」


「飛んでいく一瞬の隙を突いて翼と腕を斬り落としておきました」


「いつの間に!?」



 シズクの戦闘力が思ったよりも高いんだが。



「ローゼリア、奴の状況はどうだ?」


「両腕及び翼と尾が欠損。でもまだ生きてる。というかめっちゃ怒ってるっぽい!」


「そりゃ怒るか……グラム、やれるか?」



 グラムはそれに対し「いつでも」と答える。



「よし、やるぞ。同調を開始する……【凍結】の力をグラムに!」



 グラムの刀身が凍てつき始める。



「氷の刃? ていうかいつのまに【凍結】なんて上位スキルを……」


「たった今創造した」


「ですよねー」



 俺たちは怒り狂うバハムートと対峙する。バハムートは俺たちが移動している間に魔力を口に溜め終えていた。あれだけ高密度な魔力が放たれればリヒテルの半分が壊滅するのは確実。



「エスト!」


「いや、その必要は無いようじゃぞ」



 俺たちの背後から魔力の矢が飛来し、バハムートの口内を貫通した。それにより溜めていた魔力が暴発しバハムートがのけ反る。



「うーえ……頭いてぇ……」


「リーヤ!」



 リーヤは気持ちが悪そうにだらりと右手を挙げる。



「あたしの仕事は終わったぞ。あとは頼んだ」


「任された。ローゼリア、俺に合わせてくれ」


「ん? なにすんの?」


「お前なら分かるはずだ。グラム、凍らせろ」



 俺は氷の刃と化しているグラムを横に振るいバハムートの足元を凍らせて固定する。そして、そのままの流れでグラムを空に掲げバハムートの頭上に強大な氷柱を出現させた。



「巨大な氷……? あーなるほどね。【重力制御】!」


「押し潰れろ!!」



 氷柱が加速しながら落下し、瞬く間にバハムートを飲み込んだ。


 経験値の分配と共にユニークスキル【竜殺し】の習得合図が鳴った。とはいえ、俺は既に習得しているのだが。



「ん?」



 バハムートがいた場所に見慣れない鉱物が落ちている。念のために拾っておくか。



「よし、街の被害状況を確認する。エストとローゼリアは東側を。俺とリーヤで西側を。シズクはロウリィとルミナを呼んで来てくれ。崩壊した建物に人が埋もれていないかどうかを徹底的に確認するんだ。解散」



 俺たちは一斉に散らばる。よれよれのリーヤが俺の横を駆けている。



「大丈夫か?」


「大丈夫に見えるか? 飲み過ぎてこの様だよ。ったく、誰が呼んだんだよ、バハムートなんて」


「呼んだ?」


「ん、そうだ。バハムートは本来、異次元にいる存在なんだよ。で、あいつ自身に次元を超える力はない。誰かに召喚されでもしない限りは現れないってこった」


「つまり、あいつをリヒテルに召喚した犯人がいるということか?」


「そういうこった。おーえ……バハムートレベルの魔物を召喚できるのなんてリサやロゼレベルの術者だぞ。うっぷ……!」



 リーヤは両手で口を押えて立ち止まった。俺に先に行ってくれと合図をしている。まったく……。



「……ん?」



 見慣れた建物の前に人だかりができている。あれは確か反射炉と呼ばれる構造物……つまりカジオーの工房の前だ。



「リーヤ、俺はカジオーの工房に行っている。後で来い」



 こくりと頷くリーヤをその場に残して俺は野次馬に割って入って行く。



「すまない、通してくれ!」



 するすると合間を縫うように進んで行った先で俺の目に映ったもの、それは……。



「な……なんだこれは……なんでこんなことに……」



 派手に荒らされた工房と、その中心の血の海に横たわるカジオー・ハンマースミスの姿だった。

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