ローゼリア/『道具管理者』:ロウリィ・フェネット⑤
「これでよし」
フェネット家の屋敷に戻りロウリィをベッドに寝かせたのと同時に、ノックが聞こえた。
「ローゼリア、入っても良いか?」
シグルドの声だ。
「うん、良いよ」
「失礼する。……様子はどうだ?」
「うん、なんとか一命は取り留めたよ」
「そうか……良かった、本当に」
シグルドは小さな椅子に腰掛け窓の外の満月を眺める。
この場に相応しくない程に幻想的な満月だった。
「あの日の夜もこれと同じ様な月だった」
「あの日って?」
シグルドは夜空から視線を落として私を見る。
「両親が殺された日の事だ」
「え?」
「少し、昔話をしよう」
シグルドは戸惑う私に対し、グリヴァースに召喚される前のことを話してくれた。
「当時の俺は一国の王子だった。平和な国だったが、戦争で大きく歪んでしまった。俺の父君と母君は戦火に巻き込まれ、命を落とした」
「戦争……」
「あぁ。俺の国には様々な資源が豊富にあったからな。……人はなかなかどうして欲深い。今回のこれも、金に目が眩んだのが理由だろう」
私は、シグルドが犯人たちを相手に怒りを露わにしていた理由が分かった気がした。
「……少し席を外す。ロウリィは頼んだ」
シグルドは魔剣グラムを手に取って部屋を出て行った。
その背中はとても寂しいものだった。
「寂しそうな背中、でしたね」
声の主は、目を覚ましていた彼女だった。
「ロウリィ!? 大丈夫? 体は痛くない?」
「はい。あの……色々聞きたいことはあるけど……助けて頂き有難う御座います」
ロウリィは頭を下げるために身体を起こそうとする。
「横になってて良いよ」
「そうですか……お言葉に甘えます。その、お名前を聞いても良いですか?」
「ローゼリア。ローゼリア・C・ステルケンブルクだよ」
「ステルケンブルク……ではあの【時空間魔術】はあなただったんですね」
私の名前を聞いてロウリィは納得したような表情で頷き、言葉を続ける。
「あの、ローゼリアさん?」
「ん?」
「私をみんなの所に連れて行ってくれますか? 体がまだ満足に動かなくて」
みんなの所とは、あの現場の事だろう。
「もちろん良いけど、心の準備は出来てる?」
「はい。きちんとお別れが言いたいんです」
「分かった。私に掴まって」
私はロウリィに肩を貸しながら例の食堂へと向かう。
「え……これは一体……?」
食堂に並べられている遺体の傷口が塞がっている。シグルドが【技能創造】でやってくれたのかもしれない。
「ローゼリアさん、立てそうなので放して貰って大丈夫です」
「うん、分かった」
私がロウリィを離すと彼女はゆっくりと家族の元に歩み始めた。
「ねぇ、お父さん。私、1人になっちゃった」
ロウリィは父親の体に触れる。
「お父さんが家にいない時よりもずっとずっと、寂しいよ」
その頬には涙が伝っている。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、いつも私と遊んでくれてありがとね。それと……お母さん」
ロウリィは仰向けで横たわる母親の額を撫でる。
「最後まで私を守ってくれてありがとう。お母さんが言ってくれた言葉、絶対に忘れない。私は強く生きていくから。だから……だから……おかあ……さん……っ!」
ロウリィちゃんは母親の体を抱え、これ以上ないほどにぎゅっと、母親の遺体を抱く。
「うぁああああ!! うっ……うわぁあああああ!!」
食堂に彼女の慟哭が響いた。
窓から月明かりが差し込み、2人を照らす。
私はゆっくりと振り返り食堂を出る。
「……1人にしても良いのか?」
入口の脇で隠れる様に壁にもたれていたシグルドがそう言った。
「うん、今は1人にしてあげた方が良いかなって」
「ロウリィ・フェネット……強い子だ。泣くことで現実を受け入れようとしている」
シグルドは愁いを込めた表情をしている。
「シグルドはその……泣かなかったの?」
「あぁ、泣く暇などなかったからな。その点、この世界は残酷だが、いくらか優しい」
シグルドは静かにその場を去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当に良いの?」
「はい! 一晩考えて命の恩人である2人の為にこの力を使うことにしました。これからはあなた達について行きます!」
よいしょと身体よりもずっと大きなリュックを軽々と背負い直すロウリィちゃん。
「それにしてもなんでそんな大きなリュックなの? アイテムマスターって小さなカバンになんでも詰められるんでしょ?」
「はい、そうですよ? でもそんなことしたら目立ってしまって、また狙われちゃうじゃないですか。一種の擬態です」
「あーなるほど」
この子賢いなぁ。
「でも狭い通路に引っかかっちゃうんですよこれ。部屋を出る時に結構苦労しました」
前言撤回。
「ロウリィ、髪を切ったのだな」
シグルドがロウリィちゃんを一瞥してそう言った。
確かに昨日は腰まで伸びていた髪を、肩の長さまでバッサリと切り落としている。
「はい、この方が動きやすいので。シグルドさんはどちらがお好きでした?」
ロウリィちゃんはちょこちょこと歩み寄ってシグルドの隣に並ぶ。
「どちらも綺麗だと俺は思う」
「え、そ、そう、ですか? えへ、えへへ」
顔を真っ赤にするロウリィちゃん。
シグルドめ、あんな台詞をよくもまぁ臆面もなく。
「ローゼリアさーん! 急ぎましょーよー!!」
「ちょっと待ちなさいよ! リーダーは私なんだから!!」
この日、私たちのパーティに新たな仲間が1人加わった。




