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シグルド/仲間との日常:シズク②

「変態騎士、お昼ご飯を作ってきました」



 昼の休憩に入って早々、シズクは小包を取り出した。



「これは?」


「お結びです。ヤマトでは携帯食料として親しまれている物です」



 中に入っていたのは白米を手の平大に握り固めたものだった。



「くれるのか?」


「修行のお礼です。あっ! それともお礼はその身体でみたいな流れを想定」


「していない! ありがたく頂くぞ」



 塩が表面に振りかけてあるのか、一口かじると程よい塩気が口に広がった。悪くない。というか普通に美味しいぞこれ。



「これが携帯食か。確かに白米は原動力として向いている。それにこの塩分。良く考えられているな」



 と、俺が評論している間、シズクは懐からお結びとは別の小さな袋を取り出していた。



「それは?」


「私のお昼ご飯です。兵糧丸と言います。そのお結びよりも更に効率的に栄養の摂取が可能です。食べてみますか?」


「頂こう」


「手を出して下さい」



 シズクは俺の手に兵糧丸とやらを乗せた。大きさはお結びの半分ほどの大きさの黒く乾いた玉だ。



「見た目だけなら、こちらの方が携帯食っぽいな。どれ……んおあっ!?」



 がりっと噛んでみると果てしない苦みが口内を襲う。鼻に抜ける匂いもなかなかに強烈だ。



「なっ!? なにが入っているんだこれは!?」


「薬用人参と黒ゴマと山芋とハト麦とお酒です。あと芋の煮汁も少々」



 ほとんど知らない食材だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 口直しにお結びを放り込んで水を飲んだ後、俺はシズクに尋ねてみた。



「シズクは何故忍になりたがる?」


「憧れだから、そう言ったではないですか」


「どこに憧れた? その強さにか? それとも主への忠誠心にか?」



 シズクは逡巡してから答えた。



「全部です。主の命あらば相手の懐に飛び込み任務を完遂する。とてもカッコいいではありませんか」



 そう口にするシズクは目を輝かせて歳不相応に子供染みた顔をしていた。



「確かにな。ただ、それだけ危険も伴うだろ? 囚われた忍がその破廉恥な本の様なことになるかどうかはさて置き、命を落とすかもしれない」


「本望です」



 シズクは手短にそう言い切った。



「私は、主の命で任務を遂行し、その果てに散るのなら本望です」


「シズク……」



 この子は恐ろしいほどに純粋だ。真面目で純朴で、変態ではあるが果てしなく純粋。そして歳不相応に強大な力を持っている。


 だからこそ、この子は危うい。



「なぁ、シズクよ。今のお前の主は誰だ?」


「以前は御前様でしたが……キグナス王? それも違いますね……全くの不本意ですが、変態騎士ではないでしょうか」


「そうか。では命令しよう」


「破廉恥な命令は却下します」


「まぁ聞け」



 俺が真剣な表情をしていたからか、シズクは姿勢を正した。



「シズク、命令だ」


「は、はい」


「何があっても、自分を犠牲にして死のうとするな」


「?」



 シズクは首を傾げた。



「それは私への禅問答ですか? 意味が分かりません」


「言葉の通りだ。これから先、お前は危険な任務に赴くことになるだろう。お前はその果てに死しても良いと言ったな」


「はい、それが忍の本分ですから」


「俺はそうは思わない」


「……?」


「誰かの為に無償で命を奉げる、確かに聞こえは良い。だが残された人々はどうなる? 俺やローゼリアはどうなる? お前のことを思い出しては涙するに決まっている」


「……だとしても私はそうあるべきだと教わりました」


「ではその認識を改めてくれ。俺は仲間が……お前が死ぬのを見たくはない。頼む、この通りだ」



 俺は深く頭を下げた。シズクもまさか自分より年上の男に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。



「ちょ、頭を上げて下さい! なんでそこまでするのですか!?」


「お前を失いたくないからだ」


「まだ戦が始まると決まった訳ではありませんよ?」



 シズクは確定した未来をまだ知らない。だが、戦争は起きる。そうすればシズクには敵の懐に潜り込むといった類の任務を与えねばならない。


 最悪の場合、俺の目の届かない所でこいつが死ぬ……。



「……決まっているんだよシズク。戦争は起きるんだ」


「え?」


「戦うなとは言わない。その妖刀の力を遺憾なく発揮し多くの者を守って欲しい。ただ、お前自身のこともどうか、大切にしてくれ」


「……シグルド殿、なんでそこまで私の為に?」


「俺の妹が、国の為に自らの命を絶ったからだ」



 シズクは目を丸くする。



「大局的に見ればそれは正しいかも知れないが、残された者にはその死が重く圧し掛かる。死んだ人間は戻ってこない。たった一つしかない命なんだ。だからこそ、軽んじて欲しくないんだよ」


「妹殿は亡くなっていたのですか……からかってしまってすみませんでした。……今までの生き方を今すぐに変えるなんて、簡単なことではありません」



 シズクは小さな声でこう続ける。



「ですが、シグルド殿の気持ちも理解できました。前向きに検討します」


「ありがとう、シズク」



 シズクはほんの少しだけ頬を染めながら言う。



「さ、さぁ特訓の続きです! 私の心と身体を弄んだことを後悔させてあげましょう!」


「ばっ!? 語弊のある言い方はよせ! みんなが見ているだろう!?」



 ――キサラギ・シズクは六賢者で唯一の戦死者。名誉ある死を遂げた英雄。



 後の世で、彼女がそう呼ばれることになるのを、この時の俺はまだ知らない。

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