シグルド/仲間との日常:リーヤ
ロウリィとのデートの翌日。
「シグルド、起きろ。朝だぜ」
荒々しいノックの音とリーヤの声で起こされた。
「んん……騒がしいぞリーヤ。もっと寝かせてくれ」
「子供か! 朝飯だ。今日はあたしが作った自信作だ。下りて来い」
俺は眠たい目を擦りながら1階へ降りる。食卓には既に料理が並べられており、皆も揃っていた。
「おはよーシグルド」
「おはようございます、シグルドさん」
「遅い起床じゃのぉ、シグルド」
「おはようございます変態騎士」
「あ、起きた? ルミナちゃんお腹空いて死にそー。死にそーなんだよ」
「あぁ、おはよう。ルミナに死なれては困る。さぁ食べようか」
料理上手なリーヤの自信作だけあってサラダも主菜の卵料理もとても美味しかった。
「リーヤさん、見かけによらず料理得意ですからね」
「おいロウリィ。余計な言葉を付けるな」
「リーヤ、口調は野蛮だけど意外に家庭的だもんね。私達の衣類洗濯してくれてるの、いつもリーヤだし」
「ロゼ、褒めてくるのは嬉しいんだが、いま野蛮っつったか? ん?」
「そういうところじゃよリーヤ。そこさえ正せば良き妻になろうに」
「ばっ!? 妻だ!? 相手もいないうちから何を!?」
赤面して狼狽えるリーヤにシズクが言う。
「リーヤ殿、お相手がいないのですか? その様な類いまれな容姿をお持ちなのに? 変態騎士の目は節穴ですか?」
「おい、なぜ俺が出てくる」
「変態の名を関する者ならば、既に手を出していてもおかしくないと思いまして。変態失格ですね」
「失格で結構!」
「あいあい! ルミナちゃんに名案があるのだ!」
立ち上がって手を挙げるルミナ。誰1人期待を込めた眼差しを向ける者はいない。
「ルミナがリーヤのお相手用のエーテロイドを作ってあげ」
ひゅん、と魔力の弓矢がルミナのすぐ脇を通り過ぎた。
「ルミナてめぇ、あたしに機械と結婚しろってか? ああん?」
「あ、あれあれ……名案だったよね? なんでルミナ、弓向けられちゃってるの? シグルドヘルプ!」
涙目を俺に向けるルミナ。
「そうだな、名案じゃなかったからこうなってるんだろう。頑張れよ」
「ルミナちゃん見捨てられた!?」
「よしルミナ、お前のその空気読めなさ加減を叩き直してやろう」
「わわ! リーヤ! ひっぱっちゃやだ! アイズー!!」
「ルミナ様、良い機会です」
「お前絶対後で分解してやるからなー!!!」
ずるずると引きずられて行くルミナには誰も目も暮れず、黙々とご飯を食べる俺たちだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「シグルド、今日時間空いてるか?」
朝食の皿を洗う俺にリーヤが話しかけてきた。
「空いているが、何か用か?」
「あぁ、食材の調達を手伝って欲しくてな」
「分かった。これを終えたら出発しよう」
所代わり、リヒテル南部の森林。
「食材の調達と言ったな? 狩りか?」
「いや、果物が欲しくてな。リヒテルの市場にゃないやつを探してぇのさ」
「ほう、それは何故?」
「何故ってお前、知らないのか?」
信じられないといった表情をするリーヤ。
「何が?」
「もうすぐロゼの誕生日なんだぜ?」
「なん……だと!?」
もう1年以上旅をしているのに気が付かなかった。という事は少なくとも1回は誕生日を見過ごしているという事だ。
「その顔じゃ、知らなかったって様子だな」
「お、怒られる……異次元に幽閉されてもおかしくない」
俺の言葉にリーヤが吹き出す。
「ぷっ! お前そんな冗談も言えるようになったんだな。大した進歩だぜ全く」
リーヤは足を止めて目の前の巨木を見上げる。そこには真っ赤な丸い果物が成っていた。
「お、珍しい果物だな。獲ってみるか」
リーヤは腰に折りたたまれた魔弓の内、片方を分離してブーメランの様に構えた。
「そりゃ!」
腕をぶんと振るうと綺麗な弧を描きながら飛んでいく魔弓の片割れ。ブーメラン(魔弓)は果物のへたを正確に千切り、戻って来た。
「っと。果物も……この通りだ」
落ちて来た果物を空いた手でキャッチしたリーヤ。
「おい、そんなことしてダーインスレイブに怒られないのか?」
「んにゃ、めっちゃ怒られるぞ? 弓を投げるなってな」
「それは正論過ぎて何も言い返せないな……」
可哀想な魔弓だ。伝説の武器なのに投げられるとは。
「ほれ、半分やるよ」
リーヤに貰った果物をかじると、しゃりっという音と共に甘味が口いっぱいに広がって来た。
「ん、これは……」
「はは、うめぇだろ? リンゴの一種なんだが、これがなかなか獲れねぇんだぞ。これなら誕生日の宴の料理の一品に相応しいな。ん、んめ」
残りの半分をしゃりしゃりと頬張るリーヤに俺は言う。
「リーヤは良い奥さんになるな」
「ぶふぅ!?」
盛大に吹き出した。あぁ勿体無い。
「な、なな、なんだよいきなり!?」
「いや、料理も上手で家庭的、おまけに生き抜く術も熟知している。気高さと美しさを併せ持つ芯の強い女性だと思ってな。そんな女性はそういない」
……と、生前キールが言っていた。
「お、お前、それ言ってて恥ずかしくねぇのか?」
「なぜ?」
「はぁ……お前やっぱズレてんなぁ。あのロゼも苦戦するはずだ」
「何か言ったか?」
「言ってねぇよ」
リーヤは果物を全て食べ終え、帰り支度を始める。
「持って帰らなくて良いのか?」
「場所は分かった。また当日に獲りに来るさ。……なぁシグルド?」
こちらを見るリーヤの眼差しはとても真剣な物だった。
「戦争、始まるんだろ?」
「……」
俺はそれに何も言い返せなかった。キグナス王から口止めされている訳ではない。単純に、こいつらには知って欲しくなかったんだ。戦争の恐怖に怯えるのは俺だけで良いと思っていた。
「はぁ……お前マジで隠し事とか出来ねぇ奴だな。おおかた、自分だけが背負えば良いと思ってんだろ?」
図星だった。
「水くせぇぞシグルド。あたしらは仲間だろ?」
「仲間……」
「そうだ。仲間ってのは分かち合うもんなんだよ。さっきのリンゴみてぇにな。半分とは言わねぇからよ。1人で背負ってんなよ。な?」
「……ふ、ふふ……ふはは」
俺は馬鹿だな。同じじゃないか。1人で背負って、周りに迷惑をかけて。それじゃダメなんだよな。
「シグルド? あたしは割と真剣な話を」
「あぁ、戦争は起きる。これは決定された未来だ」
リーヤは面食らった様な表情を見せ、瞬時に真剣な面持ちに戻した。
「それは確かか?」
「あぁ、キグナス王からの確かな情報だ。いつ始まるかは分からない。だが、そう遠くない未来にそれは起きる」
「確定した未来ってか……」
リーヤの右手が震えている。
「リーヤ?」
「見てくれよシグルド。なっさけねぇ……聞いた瞬間からこんなに手が震えちまってる。覚悟はしてたがこれ程とはな……もう、失いたくねぇ。やっと出来た仲間たちを誰1人、失いたくねぇよ」
リーヤは振るえる右手を左手で抑え込む。それでもなお、震えは止まっていない。
「失うのが怖い。シルも、ロゼも、ロウリィも、エストも、シズクも、ルミナも。そして、お前も。だけど、この両手で守れる数なんて、たかが知れてる。守りたくても守りきれねぇかもしれない……そう思うと」
「大丈夫だ、リーヤ」
俺は両手でリーヤの手を包み込む様に握る。
「俺が誰も死なせやしない。気持ちは同じだ。戦うのはお前一人じゃない。俺も一緒に戦う。皆も相応の力を持っている。絶対に大丈夫だ」
「シグルド……」
リーヤの手の震えがぴたりと止まる。
「お前、やっぱ面白いやつだな。……ロゼが羨ましいぜ」
「え?」
「なんでもねぇよ。励ましてくれて感謝するぜ。さぁ帰ろうか、あたしらの家に」
俺たちは帰路についた。
――あぁ、絶対に誰も死なせない。今度こそ俺が守る。
そんな決意を胸に秘めながら。




