シグルド/仲間との日常:ロウリィ①
朝、目が覚めて一呼吸置く。
昨夜、キグナス王に言われたことを反芻しながらベッドを降りる。
戦争は避けられない運命にある。それまでの間、仲間との時間を大切にするべきだというあの言葉。
「……」
全ての元凶である『サイナス』に関する手がかりも思ったように得られていない。戦争を回避するためにはその男を見つけ出して止める他ない……のだが雲を掴む様な事に思えて仕方がない。俺たちが嗅ぎまわっているという事を知られるのも厄介だ。ゆえに広く情報を募ることも出来ない。
「……戦争は、避けられない」
その未来は確定している……ならば、キグナス王の言う通りに、少しでも長く仲間との時間を過ごさないとな。
こんこん、と部屋をノックされたのはその時。
「シグルドさん? 起きてますか?」
ロウリィの声だ。
「あぁ、起きてるよ」
「入っても良いですか?」
「構わない」
扉が開かれ、いつもより少しだけお洒落な服装のロウリィが立っていた。頬を染めてちらちらと俺を見ながらもじもじとしている。そんな彼女は小さな声でこう言った。
「あ、あの……デート、しませんか?」
「あぁ、良いぞ」
「良いんですか!?」
飛び跳ねて驚くロウリィ。
「なぜそんなに驚く?」
「な、なんでって、デートですよ!? というかデートって知ってます!?」
「失敬な。男女が買い物などをすることだろ? キールがよくやっていた。俺もアニエスと何回かお忍びでな」
「なんか微妙に認識がずれているような……まぁ良いです。朝ご飯を食べたら噴水前で落ち合いましょう」
「一緒に出て行けば良いじゃないか?」
「ばれたらめんどくさいんです!! 分かって下さい!」
「? 分かった」
こうして今日の予定が決まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、おまたせしました!」
とたとたと駆けてきたロウリィは先ほどのお洒落な服装につばの広い帽子を被っていた。
「いや、待っていない。それにしても俺より先に宿を出ていなかったか? てっきり先にここに来ているものだと思ったが」
「お、女の子には準備があるんです! 言わせないで下さい!」
「む、そういうものなのか。それはすまなかったな。それで、どこに行く?」
ロウリィは指を顎に当てて「んー」と唸った後、俺を見上げる。
「シグルドさんの行きたい所が良いです」
「俺が行きたいところ? そんなので良いのか?」
「はいっ! シグルドさんが普段どういう休日を過ごされているのか知りたいんです」
「とは言ってもな……酷く退屈だと思うぞ?」
「構いません」
ロウリィがニコッと微笑むその様が妹と重なり直視出来ない時が多々ある。
「ではまずはこちらだ。ついて来い」
「はいっ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「シ……シグルドさん……こう、ですか?」
「違う。もっと指をこう……そうだ」
俺の前ではロウリィが弓を構えていた。
「足は肩幅。そのまま的を見つめてゆっくりと指を離せ」
「……ふぅ……」
ロウリィはぴたっと動きを止めて、一呼吸置いた後、矢を射った。
放たれた矢は真っ直ぐに飛んでいき的のど真ん中に当たる。
「わっ!? あれ真ん中ですよね!? 当たってますよね!?」
「あぁ、よくやったな」
俺はロウリィの頭に手を置いて撫でる。
「えっへへ、シグルドさんのおかげです」
「俺は助言をしたに過ぎない。逞しくなったものだな」
「ふふ、それ褒めてます?」
「もちろんだ。最上級の褒め言葉だよ」
その時、射的場の一番奥の的が炸裂した。比喩ではなく、文字通り的がスパンという音と共にはじけ飛んだのだ。
「んー? なんでしょうか?」
「普通の弓ではああはならない。誰かが特殊な弓を使って鍛錬を……ん? ……あいつ、何をやっているんだ?」
そこにいたのはリーヤだった。魔弓を使って射的場の的を片っ端から粉砕している。百発百中の精度で器物破損である。
「あ、あれって大丈夫なんですかね? バンバンお店の物破壊してますよ? 出入り禁止とかにならないでしょうか?」
「さぁ、その時はその時だな」
「次に行きましょう。リーヤさんに見つかったら面倒ですし」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いいか? 拳は真っ直ぐ突き出せ。手首は捻るな、怪我をするからな」
「は、はい。まっすぐ……まっすぐ……」
構えを取るロウリィの前には砂の詰められた皮の袋が詰められている。
リヒテルの娯楽の1つで、殴打の威力を測る装置らしい。ちなみに、装置の脇には開発者としてルミナの名前がある。あいつ、こんな物も作っていたのか……。
「やりますよ、シグルドさん」
「あぁ」
「リーヤさんのばかぁあああ!!」
キュッと靴と床が擦れる音と共に腰を入れた殴打が炸裂する。旅を始めた当初のお嬢さまの様なロウリィであればこんな腰の入った殴打は出来なかったであろう。
「ほぉ、これはなかなかだな」
ロウリィの記録は男性の平均値をわずかに上回るものだった。
「ふぅ……もう一度やります」
「はは、殴り足りないか。付き合うさ」
「リーヤさんのあほぉおおお!!」
あぁリーヤ、お前いつもロウリィをからかい過ぎだ。いつかボコボコにされるぞ。
ズドンという音が聞こえたのはその時。
他の客と共にその音のした方向を見ると見慣れた人物が腕をぐるぐると回していた。
「うーむ、歯ごたえがないのぉ。もっと強靭な皮はないのか」
そう、エストである。彼女が殴ったであろう砂袋はぱっくりと裂けており、中の砂が全て床に零れ出ている。
「エ、エストさん? たまにいなくなると思ったらこんな所にいたんですね」
「あれは流石に出入り禁止かもな」
俺たちはそんな話をしながら次の場所へと向かった。




