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シグルド/王との密会

「ふむ、お忍びで遊びに参ったぞ、シグルドよ」


「キ……キグナス王!?」



 扉を開けるとそこにいたのはこの世界の王、キグナス・ステルケンブルクであった。



「シグルド、どうしたの固まっ……て」



 俺の隣でローゼリアが硬直する。



「み、見間違い?」


「いいや、本人じゃ。余の名前はキグナ」


「お入り下さい!!」



 ローゼリアがキグナス王を慌てて宿に招き入れた。



「おぉクロノス、なんと熱烈な歓迎じゃ」


「キグナス王! 夜ですよ!? なぜこんな所で出歩いているのですか!?」


「なぜって散歩じゃよ」


「王の身に何かあったら困ります!!」


「そう固い事を言うなクロノスよ。余もたまにはしがらみから解放されたいのじゃよ。それに……」



 キグナス王は懐からある物を取り出した。



「これも返したいところであったしな」



 それはシズクの破廉恥な本だった。



「シズクといったか」


「はっ!」


「ぬしは良いセンスをしておる。特にぬしが付箋をしていたあのページ、堪らんかった」


「きょ、恐悦至極に存じます!!」



 というやり取りを見てリーヤがぼそっと呟く。



「おい、もうただの変態のおっさんキャラになってねぇか? 少なくとも王の威厳とかもう感じないんだが」


「しー! リーヤさん、聞こえますよ! 本当の事を言ってはいけません!」


「ロウリィ、そういうのがかえってグサッと来るものじゃぞ」



 その3人のやり取りを知ってか知らずか、キグナス王は俺を見る。



「シグルドよ。余の依頼を達成したと聞いた。かの者はおるか?」


「はっ、ルミナならそこに」



 俺はソファーに寝転がって好物のクッキーを食べているルミナをさす。



「え、なになに? この人だぁれ?」


「余はキグナス・ステルケンブルク。この世界の王じゃ」


「……王? ……って王様!?」



 ルミナはがばっと立ち上がって頭を下げた。



「ルミナはルミナです!  アリエル・エーテ・ルミナ、異世界で科学者やってます、あい」


「噂には聞いておる。ぬしが開発した物が幾つかこの世界に流れ着いておってな。例えば……なんじゃったかあの自動で動く小さな乗り物は」


「もしかしてラジコンのことですか?」


「ほぉ、あれはラジコンと申すか。あれには世話になった。不思議で不思議で、見ているだけで小さな悩みなど吹っ飛んだわ」


「お役に立てて嬉しいです! やっぱルミナちゃんは天才だぁ!! 天才なのだぁ!」



 キグナス王は、嬉しくてソファーにダイブしたルミナから視線を外し、再び俺を見る。



「シグルドよ、少し時間を貰ってもよいか? 話したいことがあってな」


「私に? えぇ、構いませんが」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 所変わって、宿の屋根の上。



「王よ、なぜ屋根の上なのですか?」


「深い意味はない。ただこの夜景を見ていたいのじゃよ」



 キグナス王は屋根の上に腰掛けた。



「さて、何から話そうか。そうじゃな……内緒の話からしようか」



 キグナス王は俺を見て、思いも寄らないことを口にする。



「もうすぐで余は死ぬ」


「……え」



 俺はその言葉の意味を懸命に咀嚼し、何とか返す。



「お戯れでしょうか? それとも隠語……? どちらにせよあまり良い冗談だとは思えません」


「冗談ではない。余はなシグルド、未来のヴィジョンが視えるのじゃよ」


「未来が視える?」


「うむ。余はこれでも先代のクロノス。【千里眼】という未来視の力をこの身に宿しておった。今はもうその力の断片しか残っておらんがの」



『クロノス』という称号は受け継がれるものだというのは確かにローゼリアから聞いていた。ということは、キグナス王からローゼリアに受け継がれたのか。



「クロノスというのは?」


「クロノスとはステルケンブルク家の血筋の中でも特別なスキル『オリジナルスキル』を持って生まれた者のことを指す。そして、その者がその力に目覚めたその瞬間から先代のクロノスのオリジナルスキルは力を衰退する」


「では、ローゼリアがクロノスの力に覚醒したその瞬間、キグナス王の【千里眼】の力は衰退したと……ローゼリアはキグナス王が先代だということを?」


「どうだろうなぁ? 余だと知ってはいても、継承のルールは知らんかもしれぬな」


「仮に知らないとすれば、彼女には伝えない方が良いでしょう。己の力が誰かの犠牲の上に成り立っている。しかもその相手が敬愛する王だとは」


「ふふっ、シグルドは優しいのぉ。想い人を傷つけたくはないか」


「想い人だなんて……否定は……しませんが……それよりも、死のヴィジョンというのは?」



 キグナス王は立ち上がる。



「【千里眼】は未来の事象を視覚的に捉えることが出来た。衰退したこの眼では断片的な光景しか見えんがの。どうやって死ぬのか、病死か、誰かに殺されるのか、それも分からぬ。ただ確定しているのは、そう遠くない未来に余に死が訪れるということ。それともう1つ」



 キグナス王が続けて発した言葉は最も聞きたくない言葉であった。



「準魔剣を巡る戦争は起きる。これは決定された未来じゃ」


「……そうですか」



 戦争は起きる……また、たくさんの血が流れる……。


 

「シグルドよ」


「はい」


「ぬしは良き仲間を持った。しかし、戦争となるとそのうちの誰かが死ぬかもしれぬ。綺麗ごとでは済まない、それが戦争じゃ」


「……存じております」



 俺は両親、戦友、妹……そのどれも戦争で失った。あの頃の俺には何も出来なかった。



「ですが、今の自分には【技能創造】のユニークスキルがあります。今度こそ、俺は誰も死なせない。この手で守れるものは全て守ります」


「……ふむ、良き目じゃ。なぁシグルド。いや、シグルド・フィクサ・オーレリア」



 キグナス王は俺を見て思わぬことを言う。



「余が死んだら、ぬしがリヒテルの王となってくれぬか?」


「それは……お戯れでしょうか?」


「冗談で言うように思うか? 余は真剣じゃよ。ぬしは人を思いやれる人間じゃ。おまけに過去に手痛い失敗をしておる。痛みを知る人間は強い。シグルドならば、この世界グリヴァースを正しく導けるであろう」


「……俺は……」



 フィクサという名前を捨てた。自分が王の器ではないと思っているからだ。それなのに今になって王に戻るなんて……。



「キグナス王、それはどう考えても無理な」


「あんたなら大丈夫!」



 屋根の柱にその声の主は隠れていた。



「ローゼリア?」


「私も軽い気持ちで言ってないよ。シグルド、あんたならキグナス王が望むような王になれる。本気でそう思ってる」


「……」



 彼女の言葉には不思議な力がある。俺の心はその力に動かされっぱなしだ。


 時には叱られ、時には励まされ、時には支えて貰ってきた。


 単純極まりないが、ローゼリアに王になれると言われて俺も本気でそう思うようになっていた。もう一度だけフィクサの名を背負っても良いと思った。だから。



「……キグナス王」



 俺は告げた。この先の未来を決定づける言葉を。



「約束します。俺は民を導きます。この力を正しく使い、優しい世界を作ります」


「約束じゃぞ。……優しき世界か、余も見てみたいものじゃな」



 キグナス王は部屋へと戻ろうとする。



「王、お見送りを」


「いらぬ」



 部屋にすとっと着地し、こちらを振り向く。



「シグルドよ。残された時間を有意義に過ごすのじゃ。戦争になれば大切な仲間が死ぬかもしれぬ。そうなっては遅い。仲間たちとの日々を大切にな。……さぁて、帰りがけにシズクに別の本を借りるかの。あれはたまらん」



 そう言い残して、キグナス王は階段を下りて行った。

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