シグルド/発明王を求めて
ここは、リヒテルから西に20キロ程歩いたとある洞窟。
「ラボラティア?」
「そう、ラボラティア。知らない?」
ローゼリアの言葉に全員が首を傾げる。
「まぁそっか。異世界の1つだもんね。召喚師でもないと知らないわけだ」
「なぁロゼ。確認だが、あたしらは今そのラボラティアって場所に向かってんだよな?」
リーヤは辺りを見渡しながら訝しげにそう口にした。
この狭い洞窟の先に異世界があるなんて到底思えない、といった様子だ。
「うん、そうだよ。ラボラティアはグリヴァースと壁一枚隔てた異世界にある場所でさ、調べてみたらこの近辺ではこの洞窟が接続するのに向いてるっぽいんだよね」
ローゼリアのその言葉に何事もきっちりしてないと気が済まないシズクが首を傾げる。
「向いてるっぽいとはどういう事でしょうか?『ぽい』という所に曖昧さを感じざるを得ませんが」
「ぽいったらぽいの。シズちゃんは細かい変態さんだなー」
「ローゼリア殿!? わ、私は変態ではないとあれほど言ったのに!」
「広き世界でも破廉恥な本を王様とシェアしておるのはお主くらいのものじゃ。誇ると良い」
「誇らしくなどありません!!」
「んだぁああ! 洞窟で大きな声だすなっての。耳に響くだろが。お前忍ぶ気あんのか?」
「今は忍ぶ必要ありませんから」
「胸張って言うなっての。つーかお前妖刀のせいで忍びたくても忍べねぇんだったな」
「気にしてること言わないで下さいよ!!」
「胸と言えば案外控えめじゃな。ローゼリアよりも小さいのでは?」
「今私の胸の事言ったのはエスト殿ですか!? 成敗しますよ!?」
……これはまた、賑やかになったものだ。
「シグルドさん」
隣を歩くロウリィが俺に声をかけた。
「どうした?」
「嬉しそうですね?」
「え? そう見えるか?」
「はいっ! 仲間が増えて嬉しいんですよね?」
「仲間……」
俺は振り返り、ぎゃあぎゃあ騒いでいる一同を見つめる。キールを始め、オーレリアの戦士長どもも、こんな風に個性豊かなメンツだったな。仲間と呼べるのはあいつらだけだと思ってたが……。
「ふっ、そうだな。みんな、俺の大切な仲間だよ」
俺たちは先頭を歩くローゼリアについて行く。すると、行き止まりにぶち当たった。
「……ローゼー?」
「えっ、リーヤこわいこわい!? なになに!?」
「見ての通り行き止まりなんだが? ここまで来て勘が外れたとか言い出したら晩飯抜きだからな?」
「それはいやだぁああ! だ、大丈夫だって! 間違いないもん、うん」
ローゼリアは杖を取り出し、時空間魔術の詠唱を始めた。ローゼリア特有の紫色の魔力が杖に宿り、次第に目の前の岩に渦が出来始める。
「こ、これは? ローゼリア殿は一体何を?」
シズクの疑問にロウリィが答える。
「ローゼリアさんは時空魔導師なんです。ああやって別の次元との扉を作ることも出来るみたいで」
「別次元との扉をですか!? すると私の故郷であるヒノモトとの入口も作れたりするのでしょうか?」
それにはローゼリア本人が答えた。
「出来るよ。でもシズちゃんのご先祖が神隠しに遭ってここに飛ばされてから途方もない時間が流れてる。きっと別世界みたいになってるよ」
「それでもいつかは見てみたいです。新作の本も手に入るでしょうし」
「やっぱそれ目当てなのね……さぁ、開けるよ。開け! ラボラティアとの転移門!」
ローゼリアが杖を振り上げると同時に行き止まりだった場所に転移門が完成した。
「ほぉ、クロノスと称されるだけあって接続も早いのぉ」
「おだてても何も出ないよエスト。さぁいこ?」
俺たちは一斉に足を踏み入れる。いつもと同じ転移の感覚の後、どこか見たことのある様な風景の部屋に出た。
「ここは……マギステル? いや、似ているだけか」
一瞬そう錯覚してしまう程にその場所は魔導都市の研究施設に似ていた。特異な形のガラス容器が乱雑に置かれ、設計図らしきものが所狭しと広げられている。
何かを研究するとなると、場所が変われども同じ様な様相を呈するのかもしれない。
「ロウリィちゃん、地図になんて書いてある?」
「ラボラティアと書かれています。転移成功ですね。さすがローゼリアさんです」
「へっへー」
俺にもっと褒めろという眼差しを向けてくるローゼリア。調子に乗りそうだから褒めるのはやめておくか。
「ここが目的地だという事は分かった。目的の人物を探すぞ」
「アリエル・エーテ・ルミナじゃったか。天才科学者と呼ばれるだけあって、さぞ聡明な者じゃろうな」
「シグルド並みに堅物だったりしてな。堅物がこれ以上増えたらめんどくさそうだ」
「リーヤは飯抜きだな」
「まじでか!?」
機械音声が辺りに響き出したのはその時だった。
『当ラボに侵入者有り。会話の内容を汲み取るに、ルミナ様を狙う悪者と判断』
部屋の壁が割れ、大型の武装した二足歩行の機械が現れる。
『侵入者を排除します』
「なっ!? なんじゃあありゃあ!?」
リーヤが驚きながらも魔弓を展開させる。俺達がリーヤに続いて武器を構えると、シズクが妖刀をかちんと鞘に納めた。
「もう、終わりましたよ」
シズクがそう口にした瞬間、二足歩行の機械が横一文字に裂け、崩れ落ちた。
「えぇ!? 瞬殺!?」
「忍ですから」
「いや何言ってるか全然わかんないけど!?」
「私たちを排除すると言っていました。つまりは敵ですよね? 忍は敵に容赦はしません」
「いやいやそうじゃなくて……速すぎて何も見えなかったんだけど……」
ローゼリアが驚愕している通り、俺達からすれば武器を構えたと同時に戦闘が終わっていたに等しい出来事だった。ヤマト最強の忍見習い、これほどの実力とは。
「それでは、ルミナさんでしたっけ? その人に私たちが敵ではないことを証明しましょう」
「あぁああああ!? お前たちがやったのか!? やったんだな!?」
がしゃん、と手に持っていた機材を落としながら大声をあげたのは小さな女の子だった。白いダボダボの服を着ており、髪の毛の色は桃色だ。容姿だけで言えば、この場にいる誰よりも幼く見える。
「ぜぇったいに許さない! ルミナちゃん、許さないんだからな!」
ん? まさか、こいつが……?




