ロウリィ/『道具管理者』:ロウリィ・フェネット③
今日、私は17歳の誕生日を迎えた。
朝いつもより少しだけ遅く起きて食堂に向かう。
「「おはよう、ロウリィ」」
「おはよう。お父さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん。私が最後なんだね」
お父さんがクスりと笑ってからそれに返す。
「ロウリィが遅いのはいつもの事じゃないか。17歳になっても変わらないな」
お爺ちゃんとお婆ちゃんはそれを聞いてくすくすと笑っている。
「明日から早起きするもん」
「ははっ、その言葉も何度聞いたことか。さてと」
お父さんがパンパンと手を叩くと扉が開かれて使用人がケーキを持ってきた。
「先にお祝いをしてしまおう。私はこれから隣の大陸に行かねばならないからな」
「えーまたいなくなっちゃうの?」
「明後日には戻るよ。お父様もお母様もいる。お母さんだっているだろう?」
「お父さんと最近お話出来てないんだもん」
「また今度な」
「いつもそればっかりー」
十分幸せだったし、温かかった。
これ以上は何もいらない程に。
「さぁ、折角だから屋敷で仕事をしてる子たちも集めてくれ。盛大に祝おうじゃないか」
大玄関の方からバタンと大きな音がしたのはその時だった。
「何事だ!?」
お父さんが使用人の女性に様子を見に行くように合図をし、その女性が慌てて扉を開けたまさにその瞬間。
「きゃぁあああ!?」
悲鳴が聞こえてそちらに視線を向けると、使用人の胸から血が噴き出していた。
「え……?」
「ロウリィ! 隠れなさい!!」
お母さんが私を強引に机の中に隠した。
続いて、複数の足音と共に、聞いたことのない男の声。
「はぁー、こんな朝っぱらか美味そうな飯食って、底辺の俺たちとは大違いだわ」
(だ、誰!? あの人たち……ならず者……という人たちなの?)
騒ぎを聞きつけた使用人の方々がこの広場に集まってきた。
「ここから先は通せません!」
「おーおー、こんなに人を雇える余裕があるんだな。うらやましい限りだぜ」
お父さんがその人たちに言う。
「も、目的はなんだ?」
「金……それと命だ」
ヒュッと何かを投げる音の直後、ドスッと鈍い音が響く。
「い、いやぁあああ! お母様ぁああ!!」
床とテーブルクロスの間から見えるのは仰向けになったお婆ちゃんの姿。
その胸には……短剣が深く突き刺さっている。私は呼吸の仕方を忘れてしまう程に動揺した。
「ひゃっははは! 見たかおい! 心臓を一刺しだ! 俺の【投擲】スキルも馬鹿にならねぇなぁ!」
リーダーらしい男のおぞましい言葉に対し、数人の仲間がけらけらと笑う。
「いや……いやあぁあああ!!」
「お前うるせぇな、死んどけよ」
お母さんに向かって振るわれた剣を、間に割って入ったお父さんが受けた。
「ぐあっ!?」
「あなた!?」
「あぁーあ、死んじまった。金の成る木もあっけねぇ……なっ!」
続いて響いたのはお爺ちゃんの声。加えて、使用人の断末魔の叫びも辺りを覆い尽くす。
お母さんがその男に叫ぶ。
「やめてっ! なんでこんなこと!!」
「言ったろ? 金の為だよ」
「お金なら渡すわ! この家にある物をなんでも持って行って良いから!!」
「あ? んなことしてっと時間がかかるだろうが。もっと効率的な金の稼ぎ方があるんだよ。金目のモノは『物』だけじゃねぇだろ?」
「ま、まさか……!?」
「ロウリィ・フェネット、いるんだろ?」
その男から自分の名前が発せられた瞬間、体がより一層強張った。
「ロウリィならいないわ!」
お母さんが怒声を込めた声で言う。
「いない?」
「えぇ! この時間はエインヘルに行っているの、しばらく戻らない」
「へぇー、エインヘルにねぇ……。俺はスキルでこの部屋にいる人間の数を把握できるんだが……【周囲探索】……この部屋にいる人間の人数を教えろ」
「っ!? やめて探さないで! きゃっ!?」
お母さんは床に倒される。
「お、1人どっかに隠れてんな? どこにいる?」
「この部屋にはロウリィはいない!」
「答えろよ! 死んじまう前になぁ!」
「うぐっ!?」
男は剣を振るい、机の下にお母さんの鮮血が飛び散って来た。
「ほらほら死んじまうぞ?」
「ぐっ……!?」
振り下される刃を受ける度、悲鳴を上げていたお母さんの声も次第に小さくなっていき、今にも息が絶えそうな呼吸をするのみとなった。
「へぇ、そんなになっても言わねぇか」
「がふっ……! はぁ……はぁ……い、いないって……言ってる、げふっ……!」
お母さんは血を吐きながら懸命に呼吸を繰り返す。
「言うつもりはねぇってことで良いんだな?」
「なんど……言わせるの……ここに、ロウリィは、いないわ」
「そうか……母親の鑑だなあんた。まぁそれでも殺すが」
男が剣を振り上げる。
やめて! お母さんを殺さないで!!
「お前殺してからじっくり探すわ……じゃあな」
(いやだ! もうこれ以上私から家族を奪わないで!!)
私の祈りは空しく、剣は振り降ろされた。
「きゃあぁああ! はっ……はっ……ロ……リィ……つよ……きて」
それがお母さんの最期の言葉だった。
「ちっ、手間を取らせやがる……おいお前ら、そっちは終わったか?」
「へぃ、屋敷にいた奴らは全員殺っときやした」
「よし。ロウリィ・フェネットを探すぞ。この部屋のどこかにいるのは間違いねぇ」
あぁ、これは悪い夢に違いない。
今に目が覚めてお母さんがおはようと言ってくれる。
お父さんとお爺ちゃんとお婆ちゃんが微笑んでくれる。
「見つけたぞ」
ねぇ誰か、夢だと言ってよ。




