楯無明人/エーテロイド・アテナ
「ア……テ……ナ」
カプセルで目を覚ました少女はそれだけを言って再び目を閉じてしまった。
「この子がクエスト対象の様だね」
「うさたん……」
「イリスさん、気持ちは分かるけれど悲しむのは戻ってからにしましょう」
「さぁ、来た道を戻るっす」
俺たちはここに来るために通った転移門をくぐる。アテナを抱えたままあの狭い洞窟を通るのは骨だなと思っていたが……。
「おろ? 僕の見間違えかな?」
ウィルが転移早々そう口にした。驚くのも無理はない。
俺たちの眼前には王都があったのだから。
「帰り道だけ王都に転移される術式……? そんな複雑な術式があの転移門に? 一体誰が……こんなの最上位の時空魔導師か錬金術師にしか……」
「カヤ、考えるのは後だ。アテナを宿に連れて行こうぜ」
「え、えぇ」
俺たちはアテナを宿のベッドに寝かせた。
真っ白な髪、華奢な身体、左手には戦隊物の変身アイテムの様なブレスレットを身に着けている。
てかこの子を見る度に思うんだが本当にロボットなのか? 普通のロリっ子じゃねぇか。天才科学者にかかればアンドロイドもこれほどのレベルってことか?
「ふぅ……これでひと段落か」
「呼吸に乱れはないですが、左の太ももに火傷の様な跡も見受けられます。念のために治癒魔術を施します。エーテロイドに対しても効果があるかは分かりませんが」
「よろしくね、イリスさん。さて、私たちはギルドに行きましょうか」
「カヤっち、アテナんを連れて行かなくて良いです? 証明とか必要じゃないです?」
「大丈夫よ。状況を伝えるだけで信じて貰えるわ。最悪、ギルドの人をここに連れてくればいい。……アテナん?」
「アテナだから、アテナんっす」
でたナルのあだ名呼び。なんか馴染むからそれで良いか。
「では私とアキト、ナルちゃんはギルドへ行きましょう。ウィルベルとイリスさんはアテナをお願い」
「了解したよ。2人は任せて」
「えぇ。あ、ウィルベル?」
カヤはウィルに近付き、何かを耳元で囁いた。
「……うん、分かったよ」
「よろしくね、ウィルベル」
俺たち3人は宿を出る。
「何を話してたんです?」
「イリスさんの事よ。彼女はいま大切なものを失って間もない。気丈に振舞ってはいるけれど、誰かが支えてあげないと」
「大切なもの……うさたん、っすね。本当に消えてしまったなんて……」
あのラピットラビットはアイズに『メンタルユニット』と呼ばれていた。詳しい事情は端折られちまったが、ようはただのペットじゃなかったってことだ。
しかも、その記憶はアテナに宿っているというが……整理したってまったく分かんねぇな。
「人でも動物でも、失った時の辛さは変わらない。ウィルベルは裏表のないまっすぐな言葉を話せる子だし、彼女に任せてそっとしておきましょう。特に口下手な私とアキトは口出し無用ね」
「カヤっちは優しいんすね」
ナルに満面な笑顔でそう言われたカヤは微かに頬を赤く染めてそっぽを向く。照れるのは良いんだが俺を口下手カテゴリーに入れんなよさりげなく。
「ギルドに着いたわよ。報告に行くわ」
カヤは受付のお姉さんに話しかける。
「クエスト達成よ」
「お疲れ様でした。六賢者の遺産、しっかりと見つかった様ですね」
「確認はいらないのね」
「はい、顔を見れば嘘をついていないことくらい、分かります。それが私のお仕事ですから」
受付のお姉さんはすかさず耳に付けたインカムでどこかに連絡を始める。
「はい……確かに達成してると思います。はい……はい。では明日ですね、承知致しました」
お姉さんは通信を切って俺たちに視線を向ける。
「おめでとうございます。特別褒賞クエストを達成されましたのでシグルド王が皆様に恩賞を与えて下さるようです。日時は、明日の朝10時です」
いよいよ、シグルド王に会うことになんのか。なんか胸のあたりがざわざわすんな……あと、この剣も震えてやがるし。
――シグルド・オーレリア。
この剣の元所有者にして、18年前にこの世界を救った英雄。どんな奴なのか一人の男として単に興味があるし、俺たちの冒険にも有意義な情報が得られるかもしれねぇ。会うのが楽しみだな。
「何名でいらっしゃいますか?」
「アテナが……ルミナさんの遺産の体調次第では6名ね」
「かしこまりました。その様に手配致します。では明日、リヒテル城の門の前にお越し下さい」
「了解っす!」
俺たちはギルドを出る。ギルドの出口前広場には六賢者の石像が並んでいる。
カヤがその石像を見ながらぽつりと呟く。
「明日、いよいよシグルド王に謁見できる……サイナスやエストさんの有益な情報も得られるかもしれない。それに、あの頃のお母さんをよく知る人物でもある……リーヤさんは教えてくれなかったけれど、六賢者ではない当の本人なら、教えてくれるのかもしれない。お母さんのことだけじゃなく、お父さんのことも」
「カヤっちのお父さん……そういえば、あの女性の声は知っている雰囲気だったっすね」
ナルが言う女性の声とは、アテナの居場所を教えてくれたあの声だ。
「その女性にしても、私や他のイスルギの人間ですら知らない情報を知っているという時点で、お母さんに近しい人物だったのは間違いないわ。可能性として挙げられるのは、ルミナさんかしら」
「姿を消してどこかから私たちをサポートしてくれてる、そう考えれば腑に落ちるっす」
……何故だろう。確かに筋は通っちゃいるが違う気がする。【慧眼】のスキルが、それが真実ではないと訴えている。ただ、根拠はないし、口を挟んでも混乱を招くだけか。
あの声……一体誰の声なんだ? 俺のことも知っている様だったが……。
「宿に戻って明日のことを話しましょう。アテナの様子も気になるわ」
様々な疑問を抱えながら明日、俺たちはリヒテル城で会うことになる。
この世界の英雄王に。




