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楯無明人/『稀代の刀匠』:ミア・ハンマースミス①

「なんじゃこりゃ……この町のシンボルか何かか?」



 ミアさんの工房の前には得体の知れない巨大な煙突が建っていた。



「なにってただの『反射炉』よ。あなたのいた世界にもあったはずだけれど?」


「まじで!? こんなの日本にあんの!? 知らなかったぜ……」



 そんなやり取りをしているとナルがてくてくと扉に向かって歩み、こんこんと扉をノックをする。

 

 しかし、誰かが出てくる気配はない。



「……返事がないですね? 留守なのでしょうか?」


「アポなしだものね。あり得るわ。もう一度ノックして出てこなかったら出直しましょう」


「了解っす。じゃあもう一度ノックをするっす」



 ナルはドンドンと先ほどよりも大きなノックを1度、2度と行い、最後の1回をしようとした瞬間。



「えぇい! やかましいぞ!!」


「ふぎゃあああ!!」



 頭にタオルを巻いた若い女性が勢いよく扉を開け放ち、ナルが扉と壁に挟まれる。



「ナル!?」


「ナルさん!?」



 ウィルとイリスさんが倒れたナルに駆け寄る。



「ナルさん! 大丈夫ですか!? わたくしの指が何本に見えますか!?」


「うきゅー……ゆ、指? お星さまの間違いです?」


「あわわ、どどど、どうしましょう!?」


「イリスさんの治癒魔術で治してみましょう!」


「や、やってみます! コーネリアス!!」



 聖杖の力の無駄遣いな気がしないでもないが、放っておこう。



「あなたがミア・ハンマースミスさん?」



 カヤが現れた綺麗な女性に問うと、その人は俺たちを順番に見る。



「あん? 客か? 武器なら3年先まで予約が埋まってるけど、どうする?」


「今日は武器を作って貰うために来たわけではないわ。あなたが作ったその短剣について聞きたいことがあって」



 カヤが俺の腰のホルスターに納まる英雄王の剣を指してそう言った。



「短剣? そんなもん作ってないぞ?」


「え、そんなはず……アキト、出して」


「おう」



 俺が短剣を抜き放つと、彼女は怪訝そうな表情でそれを手に取る。



「本当に短剣だな。さっきも言ったが、うちがここを継いでからは短剣なんか作ってない。どうせ贋作に決まって……ん?」



 ミアさんは英雄王の剣を注視して固まる。



「……待て待て……なんだこれは……」


「ミアさん?」


「……これは贋作なんかじゃない。正真正銘、うちの作品だ。だが、作った記憶がまるでないぞ……」


「記憶がない? そんなことがあり得るの?」



 カヤの言葉にミアさんは考える素振りを見せながら答える。



「うちは今まで作ってきた武具を全て覚えてる。あり得ないな、そんなことは」



 ナルの治療を終えたイリスさんが分厚いカタログ本を取り出しながら会話に混ざる。



「その短剣ですが、このMHモデルのカタログにも載っていませんでした」


「お前カタログ持ちか、通だな。そのカタログはうちが武具を生み出すと随時更新される仕組みになってる。つまりそこに載らないなんてこともあり得ない。だが、この細かい傷やうちの癖が滲み出てるこのフォルム……やっぱうちのか」



 ミアさんは工房へ手招きする。



「立ち話もなんだ、入れよ」


「え? 願っても無いけれど、忙しいのではないの? 出直すわよ?」


「いつ出直したって忙しいのは変わらないさ。ふふっ、それとも3年待つか?」


「では、お言葉に甘えるわ。ありがとう」



 俺たちはミアさんの工房へと入れて貰う運びとなった。



「うわ、これはなかなか暑い部屋だね」


「鍛冶師の工房だぞ? ったりめぇよ……いけね、父さんの口癖が……とりあえずそこに腰かけてくれ。飲み物と氷を持ってくる」



 そして腰を掛けてから気付く。



「入れて下さいっすぅー!!」



 あ、ナルのこと忘れてたわ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ナルを回収してまもなく。



「さて改めて、うちがミア・ハンマースミスだ。よろしく」



 ミアさんは挨拶をしながら頭に巻いていたタオルを外した。真っ赤なセミロングの髪がふわりと宙を舞う。



「アキト、見とれない」


「見とれてねぇよ」



 嘘です、すんません。


 俺たちは順番に自己紹介を終えてから本題に入る。



「短剣から光の刃が出る? なんだそれは?」



 自分が作った剣だというのに本気で首を傾げるミアさん。作った記憶がないっていうのは本当らしい。



「うちも依頼によっちゃ変形や分離とか多少のギミックを入れることもあるが『光の刃』なんてことはやったことないぞ」


「やったことはない……出来ないとは言わないのね?」


「そりゃ出来るとも。うちとコイツに出来ない加工は無いからな」



 ミアさんが首元の金鎚を模したネックレスを引きちぎると、それは次の瞬間に俺の体よりも大きいハンマーに変化した。


 瞳が金色に輝いているイリスさんがそのハンマーを見て呟く。



「それはまさか……魔鎚ですか」


「あぁ。魔鎚スピリタス、うちの相棒だ」



 魔鎚ってことは、カヤの魔杖レーヴァテインのお仲間ってことか。伝説の武器の1つだ。



「スピリタスの固有能力は『付与』。この力があれば誰でも最強の武器が作れる。もっとも、こいつに選ばれるのが大前提だがね」



 ミアさんはハンマーをネックレスに戻して首にかける。



「その魔鎚の能力で光の刃って実現可能なんです?」


「あぁ出来るさ。ただ、特殊なギミックであればあるほど、素材への負担が大きくなり、生半可な素材じゃスピリタスの『付与』の力に耐えきれずに粉々に砕ける。相当稀有な素材で出来てるんだろうなそれ。なぁ、うちからも質問良いか?」



 俺たちは首を縦に振る。



「この剣はどこにあった物だ?」


「エインヘルよ」


「エインヘル? 最南端の大陸の始まりの町のことか? そんなとこに納めたことなんかないが……というかほんとに光の刃が出るのか? 見せて貰えると話は早いんだが」



 ミアさんが俺の手に英雄王の剣を手渡す。渡された所でほいほい出せないから困ってるんだがな……。



「期待しないで下さいよ? ふっ!!」



 どうせ出ない。そう思って魔力を込めた瞬間、光の刃が発現する。自分でも驚いた。



「これが光の刃のギミック……これを作った奴は天才だな」


「……ミアさん、それはツッコみ待ちということで良いのかしら?」


「んあ? そう言えばうちだったな。記憶がないから未だに信じられないが。奥で調べてみる、ちょっとここで待っててくれ」



 ミアさんは調査をするために工房の奥へと消えて行った。

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