ローゼリア/『道具管理者』:ロウリィ・フェネット②
私とシグルドは屋敷を飛び出し、シグルドが創造したばかりの【追跡】のスキルを頼りに町を北上する。
次第に草原地帯から山岳地帯に入り、辺りの景色が岩場に変わる。
「ここだ」
シグルドが指す先にあるのは竜の巣のような大きな洞窟。彼は洞窟の入り口のすぐそこまで歩み寄り、地面を指さす。
「……足跡がここで完全に途切れているな……何故だか分かるか?」
「ちょっと見てみる」
私が洞窟の入り口にそっと右手を伸ばすとパリッと微かに指先が弾かれる。
「やっぱり……魔術結界だね。それも探索系スキルを遮断する類のやつ。只者じゃないのかも」
「それでも進むさ」
私とシグルドは洞窟に入る。
入り口から離れれば離れるほど明るさは段々と失われていき、数分が経つ頃にはうっすらと洞窟の輪郭が見えるだけになってしまった。
「暗いなぁ……明かり点けて良い?」
「敵に気付かれる、ダメだ。俺の服を掴んでおけ」
「よく分かんないけど、こういう時は手を握ったりするんじゃないの?」
「恋仲でも無いのに、出来るわけがないだろ」
「堅苦しいなぁ……ん? 分かれ道だね」
目の前には右と左、大きな穴が2つ。
「右と左、どっちだろう?」
「まさに勘を頼る時か」
「勘かぁ……でもさ、おかしくない? どっちからも気配がするよ? 二手に分かれた?」
「いや、二手に分かれる意味は無い。片方は犯人。もう片方は……この洞窟の主だろう」
「まじですか……」
「右と左、どちらから行く?」
シグルドのその提案に対し、私は提案で返す。
「時間が惜しいから二手に分かれようよ」
シグルドは目を見開く。
「強力な魔物かもしれないんだぞ?」
「大丈夫だって。私を信じて」
胸を張る私に対し、シグルドは逡巡して答える。
「……分かった、お前を信じよう」
「ありがとう、シグルド。それじゃあ私は右に行くから」
「ローゼリア、絶対に生きて帰ってこい」
「分かってるよ」
私はシグルドの肩をぽんと叩いて彼を追い越す。
で、結論から言うと、私は相当な『はずれくじ』を引いたことになる。
「うっそぉ……」
そこにいたのは魔物だった。
ミミズの様な細長い巨体が闇の中で蠢いている。
「……コール。あいつの素性を教えて」
念写の巻物に記された情報は以下の通りだった。
【名前】カトブレパス
【レベル】87
【習得スキル】
・邪視の眼:目が合った相手を石化させる
「えぇ……なんでこんなとこに伝説級がいんのよ」
――カトブレパス。
ヨルムンガルド同様、異世界から迷い込んだとされる伝説の魔物だ。戦闘力はあのヨルムンガルドにも匹敵するだろう。
その時、ズズズとその巨体が動き出した。気持ち悪い事この上ないんだけど、やっぱり大きなミミズだ。
「うわキモすぎ……どうやって倒そうか……なっ!?」
ピキキっと音を立てながら、私の右腕が指先から石に変わっていく。
「石化ぁ!? やっば! 反撃しないとやられる!!」
私が左手で杖を構えると、今度は杖が石化し始めた。
「ちょ、ちょっとぉ! 杖はやめて! 高かったの! もう手に入らない限定品なのぉおおお! やるなら私にしてよぉおお!!」
私の訴えも空しく杖の石化は進行する。こいつを倒さない限りはこの石化は止まらないらしい。
「あーもうマジで怒った! 許さないからね!!」
私は杖を置き、左手を石化した右手に添える。まずは石化の治癒だ。
「【時空間魔術】レベル1……『時空回帰』。私の体の時間を数分前の状態に戻して」
紫の光が右手を包み込み、石化を受ける前の状態に回帰した。こんなのは初歩の初歩だ。
「よーっし、覚悟してね。限定杖の恨みは重いよ、万死に値するから」
私は両手に魔力を集約させ、カトブレパスに向ける。
目の前の空間が次第に歪み始める。
「名前も知らない相手にやられるのも気持ち悪いだろうし、改めて自己紹介するよ」
私は前に突き出した両手をゆっくりと真横に広げる。
「時空魔導師のローゼリア・C・ステルケンブルクだよ。じゃあね、ミミズちゃん」
広げた両手を交差させた瞬間、目の前の空間が捻じ曲がる。
「『空間湾曲』……さぁ、千切れちゃいなさいな」
カトブレパスの大きな身体がブチッと音を響かせながら、捩じ切れた。
勢い良く噴き出るきったない体液を魔術の壁で防ぎながら私は振り返る。
「とんだ貧乏くじだったよ……戻ろっと」
私は石化した杖を持ってシグルドの所へ向かった。




