シグルド/王の依頼
――リヒテル王宮、王の間。
「シノビ? それは一体何を指す言葉なのでしょう?」
俺達は聞き慣れない言葉に揃って首を傾げる。ちなみに王の前ではあるが、以前の様に膝を付いてはおらず全員立ちながらの会話を許されている。これがキグナス王なりの信頼の証らしい。
「詳しい事は余にも分からぬ。しかし、気配を消すことに長け、姿を偽ることが出来る一族であると聞く」
「そのシノビという者たちを戦力増強の為にリヒテルに引き入れたい、そう仰るですね?」
「左様。頼まれてくれるか、シグルドよ」
王の頼みとなれば断るわけにもいかないか。
「承知致しました。場所は?」
「ここから東にヤマトという隠れ里がある。詳しい場所までは分からぬが」
「必ずや探して見つけ出します。交渉事は私以外の者に任せれば上手くいくでしょう」
「はは、シグルドではだめか?」
「はい、私はそれほど口が達者ではないので。それでは、失礼致します」
そうして俺たちはシノビの里へと向かうことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「シノビだったか? 聞いたこたねぇが、姿を偽るってまじか? 胡散臭過ぎだろ」
訝しげに言うリーヤにエストが返す。
「わしも鵜呑みにしたくない気持ちはあるが、事実の様じゃぞ」
「エストは会ったことあんのか?」
「いや、わしは無いがカストルがな。綺麗なおなごが一瞬にして自分の姿に化けたとな」
「それ幽霊の類いなんじゃねぇの?」
辺りが暗いということもあってか、幽霊という言葉を聞いて残りの2人が揃ってびくっと動いた。
「ゆゆゆ、幽霊なんているわけないじゃんねぇロウリィちゃん?」
「は、はい! おとぎ話の中の存在ですよ! 空想の産物です!」
「ぅわっ!!」
「「ひぃいぃい!?」」
面白半分で大声を上げたエストが、驚いて抱き合う2人を見てけらけらと笑う。
「わははっ! 2人とも小心者じゃのぉ。本物が出た時に戦えんぞ?」
「エストぉおお!! 脅かさないでよ! それに本物なんていないっての! ねぇシグルド?」
「どうだかな、誰も見たことのないものをいないとは証明できない」
「真面目かっ! そこは空気読んでいないって言っときなさいよ!!」
「なぁお前ら。騒いでる時に悪いんだが……」
リーヤが真面目な声色で俺たちを呼んだ。
「どうしたのリーヤ?」
「ロウリィはどこ行った?」
「ロウリィちゃん? それならここに……あれ?」
辺りを見渡してもロウリィの姿は無い。つい先ほどまでローゼリアの隣にいたのに。
「え、うそ……はぐれた!?」
「落ち着くのじゃ。まだそう遠くには行っていないじゃろう」
「だが全くといって気配が……これではまるで」
「存在が消えたっつー訳か……幽霊にでも攫われたか? なんにせよ、まずはこの場を乗り切らねぇとな」
リーヤが腰に折りたたまれている魔弓を展開させる。
「リーヤ? 何してんの?」
「ロゼも集中してあの辺を見てみろよ。うじゃうじゃいるぜ、何かが」
魔眼を開眼しているリーヤの言葉を聞いて俺たちが一斉に武器を構えると、くすくすという笑い声が辺りにこだまする。その声は俺達に「出て行け、出て行け」と囁いている。
「なななな、何この笑い声!? 出たの!? 出ちゃったの!?」
「落ち着けってロゼ、よく見てみな」
リーヤが指さす先にいるのは小さな女の子だ。その体は透けている。
「透けてんじゃん!? よく見たところで透けてんじゃん!?」
完全に取り乱しているローゼリア。まさか高所以外の弱点があるとはな。
「確かに透けておるのぉ。しかも1人や2人じゃないときた。ふむ、警戒されとるのかもな……なぁ、そこにいる者よ。わしらの話を聞いてはくれんか?」
エストがその半透明の女の子に問いかけると、くすくすという笑い声が止んだ。
「エ、エスト? なにやってんの? 幽霊と会話しようとしちゃってるけど。アブない人と化してるよ?」
「端から見たらその通りだが、幽霊ではないからセーフだな」
「幽霊じゃない? じゃあなに?」
「恐らく、シノビという者たちの仕業だ」
エストは続けて対話を試みている。まず武器を納めて言葉を続ける。
「この通りじゃ。わしらはぬしらに危害は加えん」
『では、何しに来たのです?』
女性の声が辺りに響き、エストが答えた。
「キグナス王の命で来た。ぬしらの力を借りるためにのぉ」
『王の命令? それが真である証明は?』
俺はリヒテルを出る時に受け取った書状を取り出す。
「これがキグナス王の書状だ。これで信じて貰えるか?」
『……良いでしょう。ようこそ、ヤマトの里へ』
辺りの風景ががらりと変わり、長閑な集落の物へと変わった。茅葺屋根の建物が立ち並んでいる。
後に説明を受けることになるが『入母屋造』といって、彼らの故郷の様式を模しているらしい。
「ここが……ヤマトか」
「びなざぁあぁああーん!!」
大泣きしながらこちらに駆けて来るのはロウリィだ。
「どこ行ってたんでずかぁ!! 急に1人にされてぇえええ!!」
大粒の涙を流して孤独を訴えるロウリィ。幼い頃のアニエスにそっくりだ。
「シグルド、お前の出番だ」
「俺か!? 何をすれば……」
「頭撫でとけ」
「そんなことでこの大泣きが治まるとも思えんが」
俺は大泣きしているロウリィの頭に手を置く。
「びえぇええええー……えっへへ、くすぐったいですぅ」
……おい。
音も無く黒ずくめの女性が現れたのはその時だった。
「里を守るためとはいえ、先ほどのご無礼をお許しください」
その女性は髪を頭の後ろで団子の様に丸く結わき、腰には反りを持った刀を差している。
「お前は?」
「私はキサラギ・シズク。この里の案内人を務めております。改めて、ようこそヤマトの里へ」




