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シグルド/伝説の鍛冶職人①

「うわでっけぇー……」



 リーヤが顔を目一杯上げてその建築物を見上げる。俺たちの前には岩で出来た巨大な煙突の様な物がそびえ立っている。



「なんでも『反射炉』って言うらしいですよ。極めて原始的な構造なのでグリヴァースにはここにしかありません」


「王都の武具は全部こんなんで造ってんのか? 信じらんねぇな」


「いえ、王都の武具は別の場所で造ってます。というか聞くところによるとコレ、数日かけて数本の剣しか出来ないらしいですよ?」



 そのロウリィの言葉を聞いて小さな竜に変化したエストが俺の襟首から顔を出す。



「それは非効率じゃのぉ。物好きの趣味の類いではないか」


「エストさんまたそこに……! ずるいです!」


「ならばロウリィも竜化すれば良いではないか?」


「出来ませんよっ!」



 俺達は今伝説の鍛治職人であるカジオー・ハンマースミスの工房の前に来ている。目的はクーデターに用いられた準魔剣を視察することだ。



「そんじゃ、入ろっか?」



 ローゼリアが工房の扉を叩く。



「ごめんくださーい」



 ……返事が無い。



「あっれ?」


「留守なんじゃねぇの?」


「いやいや、今日訪問するって言ってあるもん。いないわけは無いと思うけど」



 ローゼリアは引き続きノックを行う。


 小さな音だから聞こえていないのかもしれない。



「もっと強く叩いたらどうじゃ?」


「やってみる? 怒られたって知らないからね?」



 ローゼリアが拳を大きく振り上げて体をねじる。扉をぶち破る気概だな。



「じゃあノックするからね。いっくよー……おりゃ!」



 扉が勢いよく開かれたのはその時。



「聞こえとると言っておろうがぁああ!!」


「ぎゃふっ!?」



 汗だくの恰幅の良い大男が現れ、ローゼリアが扉と壁に挟まれた。



「ロゼ!?」


「ローゼリアさん!?」



 リーヤとロウリィが慌てて駆け寄る。



「おい! 大丈夫か!? ほら、あたしの指が何本に見える?」


「お星さまが見える……ぐふっ」


「ロゼー!!!」


「ローゼリアさん……私はあなたを忘れませんからね!」



 もうあっちは放って置こう。


 俺は現れた男に目を向ける。



「お前らが例の物好き連中かぁあ!? おおぅ!?」



 現れた男は俺が見上げなければならない程の体の大きさを誇っており、言葉も独特の鈍りを有していた。それとこの距離で話しているのに無駄に声が大きい。鼓膜が破れそうだ。



「あぁ、シグルドだ。騒がしくしてすまない」



 俺が頭を下げるとその男はツルツルの頭をぼりぼりと掻きながら「頭を上げろぃ」と言った。



「こちとら死ぬほど忙しんだがよぉ、キグナスからの頼みとあっちゃあ断れねえ。上がれ上がれ」


「ありがとう」


「それとよぉ、そこの伸びてる嬢ちゃんだが、何があった?」



 エストが答える。



「たった今お主が開いた戸で潰れたのじゃよ」


「なあぁーにぃ!? そりゃ一大事じゃあねぇか! とっとと中に上げな、いっちょ氷を持って来らぁ」



 俺は気絶したローゼリアを抱えて中へと入る。


 工房の中はうだるような暑さだ。それに奥からは鉄を叩く音も聞こえる。奥で誰かが作業しているのだろうか?



「あっつぃー……溶けちまうぜ」


「ばぁあっはっは!! そこのエルフの嬢ちゃんは情けねぇなぁ!」


「んだと!? 全然平気だってぇの!! なぁロウリィ?」


「茹であがりほうでふぅ」


「ロウリィ!? そんな真っ赤になっちまって! オヤジ! 氷だ!」


「おうよ」



 ドサッと大量の氷を持って来た大男。



「お隣の大陸キリアスの氷よぉ! この暑さでも融けねぇってのは流石だよなぁ!!」



 リーヤとロウリィは大男のその大きな声には耳を傾けず、一目散に氷を袋に詰めて体を冷やし始めた。


 俺は小さい竜に変化しているエストに問う。



「エストは大丈夫なのか?」


「竜の鱗は灼熱の炎も通さん。こんなもの、温泉に浸かっておる様なものじゃな」



 という会話をしていると気絶していたローゼリアがむくりと起き上がる。



「あっつ!? なんでこんな暑いの!? てかここどこ?」


「おうおう嬢ちゃん、すまねぇなぁ」


「誰このツルツルのおっさん!?」



 まぁ気絶したタイミングがタイミングだし、知らないのは仕方ないとしてそのリアクションはどうだろう。開口一番ツルツルのおっさん呼ばわりとは……。



「ばぁっはっは!! そいやぁ自己紹介がまだだったなぁ!」



 大男はどかっと椅子に座り俺たちに名を名乗った。



「天下の鍛冶師、カジオー・ハンマースミスたぁ俺様の事よぉ!!」



 おおよそ見当は付いていたがやはりこの男がカジオーだったか。それにしても声がデカい。鉄を打つ音が反響するここで生活するとこうなってしまうのかも知れない。



「ばぁっはっは! 驚き過ぎて声も出ないたぁ、俺も有名になったもんよぉ! ばぁっはは!」



 おまけに笑い方が独特だ。



「ねえシグルド。この人、結構めんどくさそうなんだけど」


「聞こえたぜぇ嬢ちゃん! 正直もんだなぁ!! ばぁっはっは!!」


「おまけに地獄耳だし」



 閑話休題。俺たちは今一度訪れた目的をカジオーに話した。



「あぁあの剣だな! おっかねぇ剣でよぉ、地下にしまい込んであらぁ」


「それを見たいのだが、良いか?」


「あたぼぉよ。おい、ミア!」



 カジオーは誰かの名前を呼ぶと鉄を叩く音が止み、ズルズルと何かを引きずる音が聞こえ始めた。



「この音は……?」


「……呼んだ?」



 ひょこっと小さな女の子が現れた。その手には体よりも数倍は大きい金鎚が握られている。



「ミア、例の鍵出してくれぃ」


「……分かった。取って来る」



 ミアと呼ばれた女の子は巨大な鎚をズルズルと引きずりながら奥へと消えていった。



「あの子は?」


「一人娘のミアってんでぃ。可愛いだろ? 嫁にはやらんぞ」


「何も言ってないだろ」



 俺たちはミアが持って来た鍵を手に地下へと降りていく。

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