シグルド/『道具管理者』:ロウリィ・フェネット①
黒龍を倒し、エインヘルを出発した俺とローゼリア。
「ローゼリア、俺たちは今どこに向かっている?」
「ミーザスだよ。別名、第2の町。そこで仲間を引き入れようと思ってね」
「仲間……どのような人物だ?」
「アイテムマスター。長旅には欠かせないクラスだね」
アイテムマスター、クラス……そしてスキル。
この世界に来てから初めて聞く言葉ばかりだな。
「そのアイテムマスターの役割は?」
「端的に言えば、最強の荷物持ち。道具をほぼ無制限に持つことができるの。鞄の大きさも重さもそのままに」
「鞄の大きさや質量がそのまま? 見かけ上は小さい鞄でもどんなものも収まるということか?」
「そういうこと! すごくない? たぶん時空間魔術の応用だと思うんだけど、どの文献にも詳細な理論が載ってなくてさ。そういった意味でも私の興味は尽きないね! 知見が広がるなぁ、ふふん♪」
その場でくるくると回り始めるローゼリアを横目に、俺は空を見上げる。
「それにしても雲行きが怪しいな。先を急ごう」
「そう? 普通に晴れてるけど? 【天気予報】のスキルでも創造したの?」
「いや、勘だ。もう少ししたら雨が来るだろう。急ぐぞ」
(雨……か……)
――キール! おい! 目を開けろ! 死ぬな!!
……雨は嫌いだな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――第二の町ミーザス。
エインヘルと同じレンガを基調とした建物が建ち並ぶ町だ。広場のベンチでは老夫婦が腰かけにこやかに談笑をしており、非常な長閑で平和な印象を受けた。
「さて到着っと。んー……相変わらず長閑な場所だなぁ!」
ローゼリアがぐぅっと両手を天に伸ばして背伸びをする。
「相変わらずということは、来たことがあるのか?」
「もちろん。エインヘルもミーザスも私にとっては庭みたいなもんだよ。小さい時からよく来てたしね。道案内も任せて」
ローゼリアは広場を横切り細い路地へと入る。
「フェネット家はこの先にあるの。近道はこっちだよ」
路地を抜けた先にあったのはいかにも貴族が住んでいそうなお屋敷だった。
「大きい屋敷だな……裕福な家なのか?」
「うん、豪商だからね。アイテムを多数持てるってことは商業に置いても大きなアドバンテージだからさ、今や経済には欠かせないクラスだよ。さってと、呼び出しましょうかね」
コンコン、と屋敷の門をノックするローゼリア。
普段ならノックをすると使用人が出てきて応対してくれるようだが……。
「……あれ? おっかしいなぁ……誰もいないってことは絶対にないのに」
「ローゼリア……中から人の気配がしない」
「え?」
俺は門の前に立ち、目を瞑って気配を感じ取ろうと試みるが、屋敷からは人の気配を感じない。
さしずめ、もぬけの殻……いや……この気配は……。
「……血の匂いもするな」
「……血って……嘘だよね? なにかの勘違いじゃないの?」
「勘違いだと良いが……入ってみよう」
俺たちは門を開けて屋敷へと入る。
「うっ……! この強烈な臭いは……」
ローゼリアがとっさに鼻を押さえる。
錆びた鉄の様な匂いが鼻を刺す。戦場では嫌というほど嗅ぐあの匂いだ。
「これほどの濃い匂い……上からか」
大階段を駆け上がり血の匂いが最も強く漂ってくる部屋の扉を開け放つ。
目の前の光景を見て、ローゼリアが尻餅をついた。
「うそ……でしょ……なんで……こんなことに……」
「……死体の山……か」
幾重にも重なった人の山。血溜まりは完全には乾いていない。
胸を裂かれた者、腹を刺された者、首を掻き斬られた者……見慣れてはいるが、惨いな。
「誰が……こんな酷い事……?」
「分からない。が、犯人の居場所なら分かるかもしれない」
俺はその場に転がっている凶器らしき刃物を手に取ってスキルを創造する。
「【技能創造】……【追跡】……対象、このナイフの持ち主」
足元のカーペットの足跡が浮かび上がる。
この不規則な足の運び方は……何かを引きずっているのか? 一体何を……。
「ローゼリア、教えて欲しいことがある。フェネット家の人間は全員で何人だ?」
「えっと……現当主の男性とその妻。それと先代の当主とその妻。それに、一人娘がいたはず」
俺はその言葉を聞きながら眼前の死体と見比べる。使用人の衣装を着ている人を除いた人間は4人いる。老人というには少し若い夫婦と、40を少し過ぎた男女。
「一人娘がいる、それは間違いないか?」
「うん、次世代を担う天才って異名でこの辺りでは有名な子だから間違いないよ。名前は確か……ロウリィ・フェネット」
「ロウリィ・フェネット……では、この引きずられた跡は……行くぞローゼリア」
「え、どこに?」
「攫われたロウリィを救いにだ」




