イスルギ・リサ/【外伝】夢殺しを求めて⑥
召喚魔術の基本ルールは2つある。
1つは、一生涯に1人しか勇者を召喚できないということ。
もう1つは、勇者は召喚者の願いを叶えなければ元の世界に戻れないということ。
私がアルトに命じた願いは『姉の復讐』だった。
そして、その願いはつい先日に果たされ、アルトは元の世界に戻る権利を得た。
それは、私とアルトの旅ももう終わりだということを指す。
「ねぇ、アルト」
私は隣のテントで寝ているアルトに呼びかける。
「あん? どうしたよ術師殿、改まって?」
「元の世界に戻りたい?」
私の問いに対しアルトはほんの少しだけ間を開けて返答する。
「まぁ、そうだな」
「……そう」
ずきっと胸が痛んだのは何故だろう。それは当たり前な事なのに。
アルトは私が一方的に呼び出したに過ぎない。あっちの世界にはアルトの帰りを待っている人だっているだろう。
それになんと言っても、アルトは契約通り、夢殺しの討伐にも協力してくれたではないか。私に彼を引き留める理由は……って、なんで引き留めたいみたいな感じになっているのだろう?
だって、こいつはただの遊び人だ。私もこの冒険の期間中、嫌と言うほど振り回された。そりゃあ強いのは否定しないけど、苦労したことも多い。いなくなってくれた方が気が楽……なのに。
(……なんで、私の心は『今度こそ』離れたくないって思ってるのだろう……? まるで遠い昔にも一度、別れたかの様に……)
「術師殿?」
「なに?」
「俺たち、もうお別れなんだろ?」
「え?」
流石に感づかれていたか。
「そうかい。そりゃあ残念だ」
「そうでしょうね。異世界の美女ともっと遊びかったでしょうに。あなたの頭の中には女性の事しかないから」
「術師殿との時間、楽しかったのに」
「……も、もう、そんな冗談は」
「冗談じゃないさ」
アルトのその言葉にどきりと心臓が跳ねた。全身からうっすらと汗が出ているのに気付く。なんでこんなことに……これじゃまるで私が喜んでいるみたいじゃないか。
「もうお別れだってんなら、話しておこう」
「何を?」
「俺の元いた世界での話さ」
それは今まで頑なに語ろうとはしなかったことだ。
「俺はな、アヴァロンって国の兵士だったんだ。戦争の真っ最中でな。沢山の仲間が死に、俺も沢山の人を殺した。これでもそれなりに有名だったんだぜ、俺」
「だから人の血の匂いの区別がついたのね」
「あぁ。もううんざりするほど嗅いだし、うんざりするほど浴びた。最悪な場所だぜ戦場ってのは。あれは他の奴には味わって欲しくねぇ」
そう言うアルトの声色はいつになく真面目なものだった。いつもなら茶化すところなのに。
「兵役は強制だったの?」
「いや、俺が自ら志願した」
「争いが嫌いなのに?」
「……しゃあないだろ。惚れちまったんだからよ」
はぁ、と一息ついてアルトは語り出した。
「軍にギネビアって女がいた」
「ギネビア……」
ふと何かの光景がフラッシュバックしそうになる。
私の知らない世界。私の知らないアルト。
「強い人だった。気高くて、美しくて、逞しい、軍人らしい軍人だった。強引な人でな、軍に入ることを拒んだ俺をぶん投げやがった」
「アルトを投げた!?」
「あぁ。綺麗にくるりとな。俺も油断してたのもあるんだが、ありゃプロの技だぜ。ははっ……その時に言われたんだよ」
その時、アルトが投げられて宙を舞う光景が脳裏を過る。なぜだろう、アルトがその女性に言われたこと……私なら、分かる気がする。
「なんて言われたの?」
「『狙うのは良いが相手が子猫ではなく獅子である可能性を念頭に入れろ』、そう言われた」
やっぱりそうだった……というか、その言葉……。
「覚えてるか、術師殿。俺がグリヴァースに召喚されてすぐの頃の事」
「……もちろん。私もあなたに同じ言葉を言ったわね」
「あぁ。その時どうしようもなく懐かしくなってな。久々にギネビアに会えたみたいですっげぇ嬉しかった」
「罵られたのに嬉しかったって、おかしなことを言うんだね」
「おかしいのは百も承知さ。ただな、その時に俺は『今度こそはパートナーを守ろう』って心に誓った」
アルトは『今度こそ』と言った。となるとギネビアという女性はもう……。
「元の世界に戻っても俺の帰りを待つ物好きはいねぇ。ただ、上官殿と戦友の墓参りをな。奴らに胸張って帰れる男になれてりゃ良いんだが」
「その点、アルトは胸を張って帰れるよ。私の願いを叶えてくれたんだから。アルトがいなきゃ夢殺しは倒せなかったし」
「まぁそうかもしれないが……寂しいもんだぜ」
アルトはそれっきり何も言わなくなってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は神殿の祭壇に転移の術式を構築する。
この陣に入って私が魔力を練ればアルトは元の世界に還ることになる。
「アルト、準備できたよ」
私が準備をしている間、アルトは地べたに横たわって寝ていた。
「アルトー?」
「ぐぅ……すぅ……」
「起きな……さいっ!!」
全力で杖を振り下ろすとアルトは横たわりながらこちらを見ずに素手でそれを止めた。
「おっと、転移の準備は終わったのかい?」
「……止められるんじゃん」
「当たり前だろ? 俺は最強の戦士だぜ? さってと」
アルトは立ち上がって陣の中心に立つ。
「さて、一思いに転移してくれ」
「……」
「術師殿?」
「分かってる」
私は杖に魔力を込め始める。陣に輝きが灯り、アルトの体が薄れていく。
本当にもうこれでお別れだ。
「そんな顔すんなって術師殿。美人は笑顔が一番だぜ? 宿敵も倒した。姉の無念も晴らしたんだ。もう笑えるだろ?」
「……笑えないよ」
「なんでさ? これ以上に何を望むよ? 術師殿はもう自分の時間を取り戻せたんだぜ」
自分でも分からない。望みが叶ったのになんでこんなに寂しいのだろう。
「アルト……」
私は消えて行くアルトの姿を見たくなくて目を瞑る。
次第にアルトの気配が薄れて行き、完全に消えた。
「……今まで、ありがとね」
転移門を閉じて振り向く。得体の知れない喪失感を抱きながら。
「はぁ……終わっちゃったな、全部」
「何も終わってないぜ、術師殿」
「え?」
空耳だと思って振り向くとそこには確かにアルトがいた。
「な、なんで? 転移を拒んだの!?」
アルトはゆったりと私に向かって歩み始める。
「上官殿が囁くのさ、世界の平和は守られてないのに帰ってくるつもりかってな。それによ」
ポンと私の肩を叩いてすれ違う。
「俺がいなきゃ何をしでかすか分からないやつがいてな。心配で離れられるわけねぇだろ」
「アルト……」
アルトはこちらを振り返り、屈託のない笑顔を私に向けて親指を立てる。
「行こうぜ術師殿。世界を救いに」
「うんっ!!」
私は今日も、これからも、彼の背中を追いかけるのだろう。
大きくは無いけど頼りがいのあるその背中を。
「でも錬金術師をなめないで。私もアルトを守るから」
「俺は女性が前線に出るのには否定的なんだが、まぁその時は頼むぜ、術師殿」
私とアルトの旅はもう少しだけ続きそうだ。
イスルギ・リサ【外伝】夢殺しを求めて……終
次回から第5章が始まります。
最後の大陸リヒテルを舞台にシグルド、アキトそれぞれのパーティーが冒険を繰り広げます。
更新日は明後日を予定しています。
これからもチータレを宜しくお願い致しますm(_ _)m




