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イスルギ・リサ/【外伝】夢殺しを求めて⑤

 負傷した勇者と気を失っていた錬金術師を送り届けた私とアルトは、事の顛末を報告するためにイスルギ領へと戻って来ていた。



「いつから気づいていたの? あの男が夢殺しだということに」



 エリカ姉さまのお墓に向かう道中、私はアルトに問うてみた。



「あの店で飯を食ってる最中さ。奴の体には血の匂いが沁み付いてたからな」


「でも動物の調理をしてるんだから……あ」



 そう言えば、アルトは何の動物を調理しているかを尋ねていた。



「術師殿は知ってるかい? 人と豚の血の匂いはそっくりなんだぜ。詳しい理由は知らねぇが」


「確かにあの時、夢殺しは豚の調理はしないって言ってた」


「そう。だがあいつからは豚とも人とも取れる血の匂いが満ちていた。あとはまぁ、場所がミリアっつーことと、俺の勘を足してあら不思議、奴が夢殺しだと気付いたわけさ」



 自慢げに語るアルト。



「でもなんで血の匂いの嗅ぎ分けなんて……」


「言ったろ? 俺は散々人を殺してきた男だぜ? 人間の血の匂いなんてのは、うんざりするほどこの鼻にこびりついてるのさ」



 そんなことを語るアルトの表情はどこかもの悲しげだった。



「アルト、あなたこっちに来る前に何を……転移してきた時も全身血まみれだったし……」


「それはまたおいおいな。ほら、着いたぜ。イスルギ・エリカの墓だ」


 

  目の前には私が建てたエリカ姉さまのお墓がある。私が以前添えた花以外には花は添えられていない。


 他のイスルギ家のお墓にはその死を忍ぶ沢山の献花がされているのに。まるで姉さまの墓だけ除け者にされているかの様だ。



「……」


「最弱の錬金術師……だったか? やるせねぇな」



 エリカ姉さまは極めて研究者肌な人間だった。



『エリカ姉さま、ご飯が出来ましたよ』


『リサ、ちょっと待ってて。もうすぐで実験が終わるから。……ってなにこの煙!? わぁっ!? 爆発した!?』


『姉さま!? 大丈夫ですか!?』


『あっちゃー、失敗失敗。色々と見直しが必要だね』



 姉さまは錬金術師でありながら、生物学、天文学、精霊学、次元物理学などを幅広く修めていた。


 ただ、その代償として錬金術師として能力は一際低く、肝である魔術壁の強度は子供が投げた石でヒビが入るほどに脆かった。


 そうまでして他の学問を学ぶ姉さまは他のイスルギから奇異の目で見られ、いつしか『最弱の錬金術師』と呼ばれていた。


 そんな姉さまは常々こう言っていた。




『私は錬金術師としての新しい可能性を模索しているの。錬金術には守る力以外にも何か、人のためになる力が隠されている気がしてさ」


 私はその考えに深く共感し、その研究を手伝いたいと申し出た。即却下されたけど。



『リサ、あなたの力は稀有なの。錬金術、精霊術、どれをとっても他のイスルギを寄せ付けない強大な力を持っている。だから私と同じ道を歩む必要はない。私に出来ないことはあなたがやる。あなたが出来ないことは私がやる。だって、それが……』



「それが姉妹っていうものだって、姉さまは私に言ったわ。だから私は迷わずにここまで進んで来れた」


「美しい姉妹愛だな。……まったくもって美しいぜ、妬けちまうほどにな」



 アルトは姉さまのお墓に道中で摘んだ花を添える。



「あんたの仇はとったぜエリカ。俺と、あんたの妹がな。だからゆっくりと眠りな」



 アルトは俯いたまま動かない。



「アルト……?」


「ん、いや……なんつーかよ……なんでどの世界でも女性がこんな形で死ななきゃなんねぇんだって思ってよ。まったく、嫌な世の中になったもんだぜ」



 アルトは立ち上がって踵を返す。



「姉上殿と積もる話もあんだろ? 俺は入り口で待ってるぜ」



 そう言ってアルトは去って行った。


 その言葉に甘えるとしよう。



「……ねぇエリカ姉さま。今のが私のパートナーだよ。名前はアルトリウスっていうの」



 私はエリカ姉さまのお墓の前に座り、古い花と新しい花を交換した。



「女遊びが激しくて困らされてばっかりでね。エリカ姉さまだったら『あのお堅いリサが召喚したとは思えない』って言うでしょうね。私自身も、最初はそう思ってた」



 でも、今なら分かる。何で私の勇者がアルトだったのか。それは、彼が私と同じ傷を持っているからだ。大切な人を失ったという不治の傷を。



「その人が誰なのかとかは知らないけどさ、多分、アルトにとってはもの凄く大事な人だったんだと思うんだ。そうじゃなきゃ【最大出力】みたいなユニークスキルが発現しないはずだから」



 ――ユニークスキルには召喚した者の『絶望』が反映される。


 それがエリカ姉さまが研究の末に辿りついた結論だった。


 召喚される直前に抱いていた絶望が形を変えてユニークスキルとなり、その絶望が深ければ深い程、その能力はより強力なものとなる。



「【最大出力】は1を100にする力。聖剣エクスカリバーの『沈静化』は100を1にする力……どちらをとってもアルトの力はこのグリヴァースで頂点に君臨するに相応しい力。でも、それは同時にアルトが抱いた絶望の大きさでもある……皮肉だよね、その力がなければ夢殺しを倒せなかったなんて」



 アルトには辛い宿命を背負わせてしまった。


 でも、それももうすぐで終わる。



「私とアルトの契約は『姉さまの仇を討つこと』だったの。それももう果たされた。だからアルトはもう元の世界に還ることができる。それにアルトはきっと、その大切な人のいた場所に還りたいんだと思う」



 だから、アルトとももうお別れしなければならない。



「最後にちゃんとありがとうって言えるかな……ほら私、姉さまに似てそういうの得意じゃないから……って、なんか最後の方独り言みたいになっちゃったね。……アルトを送り還したら、また来るね」



 私は立ち上がり、姉さまのお墓に背を向けた。


 アルトとの別れの時は近い。

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