イスルギ・リサ/【外伝】夢殺しを求めて④
「アルト!!」
リガロが振るった剣がアルトの首に触れようとした瞬間。
「っ!?」
リガロが強烈な勢いで吹き飛び、背後の岩壁に叩きつけられた。吹き飛ばしたのは他でもない、アルトだ。
「麻痺ね。やれやれ、美しくねぇやり方だぜ全く」
アルトは首をゴキゴキと鳴らす。
「アルト! 驚かせないでよ! もうだめなのかと思ったじゃない!」
「多少スリルがあった方が面白いだろ? まぁ、ほんのすこぉし危なかったのは否定しないが。さてと」
アルトは壁に叩き付けられ這いつくばっているリガロに歩み寄る。
「リガロさんだったか? ユニークスキルの解説、ありがとな。【組成変換】、実に面白いスキルだ」
「な……ぜ、動ける?」
「あん? お前自分で言ってたろ? 注入したのは指一本は動かせる毒の量だって。だからだよ」
「言ってる、意味が……」
「しゃあねぇな、お前に習って解説してやるよ」
既に毒が抜けきったのだろう、アルトは肩をグルグル回している。相変わらず高い治癒速度だ。
「【最大出力】、それが俺に与えられたユニークスキル。簡単に言っちまうと、俺の全ての行動が全身全霊の威力と同じになるスキル。つまり、今のお前は俺が辛うじて動かせる一本の指で放った『よれよれのデコピン』でこうなったって訳だ。解説終わり」
「そんな……能力が……がふっ……!」
リガロは口から大量に吐血した。
アルトが自分で解説した様に、【最大出力】はアルトにのみ許されたユニークスキル。シーラムで悪魔化した長老の腕を切り落とした時にも使っていた能力だ。
スキル発動中はどんなに弱い攻撃でも最大の威力に化ける。
それは、ほんの少し触れただけでも鋼鉄を粉砕し、ほんの少し地面を蹴っただけで最大速力で距離を詰められるということ。
つまり、あの夢殺しはアルトに全力で岩壁に叩き付けられたのと同じダメージを負った。見ての通り、致命傷だ。
「俺が……こんなダメージを……」
「さてリガロ……いや、夢殺し。てめぇに最後の質問だ」
アルトはリガロに抜き放った聖剣を向ける。
「殺した人間に詫びる気持ちは少しでもあるか?」
「はっ……はっ、そんなの、あるわけねぇだろ。今この時に過るのは特に滑稽だった女の事さ。必死こいて勇者守って、勝手に割り込んで終いにゃ娘に謝りながら死んでった奴が1人いてよぉ。マドカ、マドカってそりゃあ五月蠅くて」
次の瞬間、夢殺しの右腕が押し潰れた。
やったのはアルトじゃない。
私だ。
「がぁあああ!? 腕が!?」
「今……なんて言った?」
私は杖を振るう。
リガロの右脚が先程と同様にぐしゃりと押し潰れる。
「あ、足が!? なんだこの力!?」
「滑稽……そう言ったの? ねぇ?」
杖を振るって魔術壁を展開し、それでもう片方の足を潰す。
「ぐあぁあああ!?」
「リサ!」
「ごめんアルト。私、今のを聞いて冷静でいられるほど、大人じゃないみたい」
最後の腕を同様に押し潰す。
洞窟に夢殺しの悲鳴が響き渡る。
「夢殺しリガロ。今この瞬間、私はあなたの生殺与奪を握っている。この気持ち、あなたなら理解できるよね?」
リガロは苦しみ悶えてばかりで答えない。
「さっきあなたはなんて言ってたかしら? 殺す瞬間に堪らなく興奮? 冗談じゃないわ。気持ちが悪い感情が支配するだけよ。これが人を殺すという罪の重さ……味わうのは最初で最後ね」
杖に残りの魔力を全て込める。
「術師殿が手を汚すこたねぇよ。引導は俺が」
「アルト、私にやらせて。この問題は私が……イスルギが終わらせなきゃ駄目なの」
「術師殿……」
「お願い」
アルトは渋々、剣を鞘に納める。
「これで、全部終わりにする」
私は夢殺しの頭上に壁を出現させる。夢殺しはその壁を見上げて笑みを浮かべる。
「はぁっ……はっ……は、はは、感謝するぜ錬金術師さんよぉ! 何十? いや何百か!! 数えきれねぇ程の夢をぶっ壊せた!! あぁ! 実にさいっこうに楽しいじんせ」
私は杖を振り下ろすと共に、耳触りの悪い音が辺りを包んだ。
「ごめんなさい。律儀に最期の言葉を聞いてあげるほど、私は他人に優しくはないの」
これでようやく、復讐が果たされた。
エリカ姉さま……私、仇討ったからね。
「アルト、その子たちを保護してミリアに戻りましょう」
「あぁ。俺が2人とも担ぐさ。魔力、全部使っちまったろ? ゆっくり歩こうぜ」
「有難う、アルト」
私の旅はこれで終わった。
姉の復讐という目的は果たされた。
イスルギ領に報告に行って……その後は、なにしよう?
分かっていたけど、復讐の後にはほんの一瞬の達成感を残して、他には何も残らないものなんだな。




