楯無明人/母の言葉
カヤが魔杖を取り出したその瞬間、俺の鞄の口から紫色の光が零れ始めた。光ってんのはあれだ。
――紫の石刀。
俺の鞄の半分ほどのスペースを常に占有し続けている俺の初期武器。殺傷能力は皆無で、お世辞にもお荷物以外の言葉が見つからないアイテムだが、時折こうして不思議な光を放つことがある。
英雄王の剣と共鳴した時は男の声が聴こえるが、今回の『共鳴相手』はまた別の様だ。
「レーヴァテインが……何か言っているわ」
隣にいたカヤがぽつりと呟いた
「彼女の声を、聴けって」
「声? 彼女? 何の話だ」
――ねぇ、聞こえる?
「っ!? な、なんだ?」
「この声……女性の声の様ですね」
とイリスさんが言った。つまり、男の声の時とは違って、この声はこの場にいる全員に届いてるってことか。
それにこの声、マギステルの決闘大会の時にも聞いた声だ。
『……こえる?』
あの声と全く同じ。
「はじめまして……じゃないよな?」
その声は俺の質問にこう答えた。
――うん、二度目ましてってことになるかな。
「……はい? ニドメマシテ?」
なんだそのオリジナリティに富んだ言葉は。
――そう、二度目まして。ずっと前に一度会ってるからさ。それはそうと、カヤちゃん。
その声の主はカヤに話を振った。
つーか、カヤ『ちゃん』? 旧知の仲かよ。
「なにかしら?」
――あなたに伝えたいことがあるんだって。
「伝えたい事? 誰が?」
――そこにいる女性だよ。
その声が指し示す『女性』の候補は複数いる。何だったら俺以外はみんな女性だ。
ただ、その声のトーンや、対象がカヤであるということから、この場にいる全員は瞬時にその女性が『あの人』を指す言葉であることを理解した。
「……お母さんが……? え、でもそんなことは」
――あり得ない、って思ってる? それが、あり得るんだよ。あなた達が知っている事実は、真実のある一面に過ぎないの。リサは確かに呪われてしまった。でも、何も出来ないわけじゃない。
「何も出来ないわけじゃないってどういうことです?」
その声はナルの質問に端的に答える。
――リサはいつだって、諦めが悪いってことだよ。お母さんに似たね、カヤちゃん。
「……あなた、何者? お母さんをよく知っている様だけれど」
――リサのことだけじゃないよ。ナルちゃん、ベルちゃん、イリスちゃん。この場にいる子のことは全員よく知ってる。
『全員』からさらっと俺が漏れてるのは突っ込んではダメだろうか?
「わたくしのことも、知っている?」
――うん。ベルちゃんとイリスちゃんに至っては会ったこともあるよ。もう覚えていないだろうけど。
「僕も? 一体どこで……?」
「会ったことがある……何故でしょう、全然思い出せません」
――仕方ないよイリスちゃん。そういうものだもん。今の私は、この世界から隔絶された存在。誰も私に触れることは出来ない。私も、君に触れることができない。
今、誰に対して『君』と言ったのだろうか?
――それはさておき、リサの伝言なんだけど、準備は良い?
カヤがそれに答える。
「良いもなにも、今から話すそれが本当にお母さんの言葉だと決まった訳じゃないわ」
――まったく頑固だなぁ。そこもリサそっくり。それとも父親似、かな? あの人も言い出したら聞かない人だったし。
カヤは自分の父親が誰なのかを知らない。物心ついた時から行方知れずだと言っていた。だが、この声の主はそれを知っているという。
当然カヤは、目を見開いてその声に問い詰めた。
「私のお父さんを知っているの!?」
――よーく知ってるよ。騒がしい人でさ、いっつもみんなを困らせてた。
「……本当、あなたは……一体、誰なの?」
――ごめんね、それを語るのは私の仕事の範疇じゃないの。時が来たらあの子たちが話してくれる。
「あの子、たち?」
――君たちがもう会ったことのある子と、これから会う子たちの3人。全ての真実は、その子たちが語ってくれる……と思うんだけど、あの子たち抜けてるからなぁ、大丈夫かな? アキトはどう思う?
「いや、俺に質問されても困るんだが」
――ふふ、ほんとだよね。ごめんごめん。
なんだろう、このやり取りが不思議と尊い物の様に思えた。絶対に手に入らないはずだった何かに手が触れた気がした。
――やっば! 時間ない! カヤちゃん、いい? 伝えるからね?
「……えぇ、この際疑うのは無しね。聞かせて頂戴」
――じゃあ、リサからの言葉、ちゃんと受け取ってね。
その声はすぅっと息継ぎを挟んで、真剣な声色で優しく、こう告げた。
――カヤ、あなたを愛しています。
「……」
カヤは無反応だった。
ただただ呆然と立ち尽くし、天井を見上げている。
――カヤちゃん。リサはね、ずっと心配してたんだよ。自分が近いうち呪いでこうなってしまうって運命の中でちゃんとあなたを産んで、こうなってしまう直前まであなたを育てた。リサは本当に立派な……。
「もう……いいわ……十分よ」
カヤは数歩歩んでからがくっと膝をつき、腰掛けるリサさんの足にしがみ付いた。
「お母さん……お母さんっ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
カヤはそのまま子供の様に感情を吐き出し続けた。
その最中。
――ねぇ、アキト。
その声が俺を呼んだ。
「はい? なんすか?」
するとその声は、照れ恥ずかしさの様な雰囲気を纏って、たった一言、こう伝えて消えて行ってしまった。
――リサに同じ、かな。




