楯無明人/呪いの術者
「冗談だとしたら、笑えないわよ?」
目を丸くしてカヤが俺に言う。
「冗談じゃねぇよ。この墓石の製作者は間違いなくリサさんだ」
「でも、あの手紙がウィルベルの手元に届いたのは1年前よ? あり得ないわ」
リサさんが呪いを受けたのは約18年前の魔剣戦役の時。カヤが言う様に、1年前はすでにあの状態だった。
「手紙なんて書けっこない、そう言いたいんだろ? 俺だってそう思ったさ。でもそれが真実なんだよ」
「その【慧眼】の能力が間違っている、ということはないの?」
「じゃあその【慧眼】の能力で今日のお前の下着の色を当ててやろうか? それなら間違ってねぇって証明出来んだろ」
「……分かったわ、信じましょう」
俺とカヤは皆の元へと戻った。
「あ、おかえりっす!」
ナルが俺たちに駆け寄る。
「心配したんすよ?」
「ごめんなさい。もう大丈夫よ」
カヤはナルの頭を撫でてから他の2人と合流した。
部屋の中央には変わらずリサさんが鎮座し、その脇にイリスさんとウィルが立っていた。
「おかえり、イスルギさん」
「おかえりなさい、カヤさん」
「えぇ、ただいま」
カヤは母親と相対する。
先程は目を背けてしまった現実に向き合っている。
「お二人がいない間に、リサさんの状態について少し調べてみたのですが……」
イリスさんが聖杖コーネリアスを携えながら口を開いた。
「先に申しあげておくと、吉報ではありません」
「えぇ、構わないわ。教えてくれるかしら?」
「まずこの呪いに関してですが」
イリスさんは聖杖に魔力を込める。
「見ての通り【解呪】の術式が通用しない極めて強力な呪いです。コーネリアスの『活性化』の能力を持ってしても同様でした」
「活性化?」
俺の問いにイリスさんが杖を体の前に出して答える。
「聖杖の固有能力です。あらゆるものを活性化させる能力。使い方によっては術の威力を底上げすることも出来ます。言うなれば、1を10にする能力とでも言いましょうか」
「その『活性化』の能力を用いた【解呪】術式でもダメだったってことですか?」
「はい、残念ながら。一連の試みで分かったのは、リサさんの呪いは『命を静止』させる呪いだということです。『活性化』は1を10に出来ますが、0を10には出来ません」
「ゼロはいくつを掛けてもゼロ、分かりやすい理屈ね……」
カヤは考える素振りを見せた後、再びイリスさんに口を開く。
「となると、解呪の方法は?」
「ただ1つ、『術者を倒すこと』。それしかありません」
「術者を……倒す……」
カヤが拳を力一杯、ぎゅっと握って言葉を続ける。
「エストさんの件がそうであるように、この広い世界で特定の人物を探し出すのは困難なことよ」
「うん。ましてや、名前も分からないとなると手の打ちようがないよね」
「術者の名前……それなら分かるかもしんねぇ」
俺の言葉にカヤ以外の3人が驚く。
「アキトさん、それは本当です!?」
「あぁ、保証はできねぇがやってみる価値はあるかもな」
「【慧眼】ね?」
「そうだ。さっきみたいに見通せるかもしんねぇ」
「……お願い出来るかしら。この通りよ」
カヤは俺に深々と頭を下げた。
「言われなくてもやるよ。頭上げろ気持ち悪ぃ」
俺はリサさんを注視する。
リサさんを呪った相手の名前、それが分かれば解呪の足掛かりになるかもしれない。
誰だ……リサさんを呪った人物は……。
「……サ……」
徐々に明らかになるその名前。
一文字一文字、パズルのピースがハマる様にリサさんの頭上にある人物の名前が浮かんで行く。
「イ……ナ……ス……それが、リサさんに呪いをかけた人物の名前だ」
俺が集中を解いて一息つくとカヤが口を開く。
「サイナス……それが、お母さんを呪った、男の名前……!」
カヤは爪を手の平に食い込ませるほどの握力で拳を握る。
「え、でも男だって決まった訳じゃ」
「サイナスは男性の名前です」
そう言ったのはイリスさんだ。
「この世界では栄誉ある名前なのです。神の御名と同列の名前ですから」
「神様と同列?」
「はい。大召喚士レミューリア様のパートナーであり、国造りの祖とされている方です。合わせて『二大神』という言い方もします」
『レミューリア様』ってのは本当によく聞く名前だ。
カヤが言うには彼女は日本で言う所の『イザナミ』に相当するらしいが、ってことは『サイナス』という人は『イザナギ』に相当するわけか。大層な名前が浮かんだもんだ。
「崇拝する人物の名前を子供に与えるということは珍しくありません。つまり、サイナスという名前は男性の名前であり、その人数は膨大だということになります」
「呪術師とかに絞っても駄目かな?」
ウィルのその言葉は良案に思えたが……。
「それでもまだ多いかもしれません。それにその手の方々は偽名を使っている方が多数だと思いますし」
「一筋縄ではいかなそうっすね……んー……」
ナルが首を傾げる隣でカヤが魔杖を取り出した。
「カヤ?」
「あの手紙から察するに、魔杖には何か秘密が隠されているのは間違いない。お母さんはその秘密を知っていて、何らかの手段であの手紙を書いた。きっとこの杖には現状を打破する力が備わっているはず……単に私がそう思いたいだけなのかも知れないけれど」
カヤのその言葉はまったくの直感によるものだったが、
「ん? なんだ……魔杖が光って……それに俺の鞄も?」
その言葉が的を射ていたものであることを、俺たちはこの後すぐに知ることになる。




