楯無明人/戦う理由
墓石の裏からカヤが姿を現した。
「カヤ! お前そんなとこに隠れてたのかよ! 探したんだぞ!?」
「別に探してくれだなんて頼んでいないわ」
この女……!!
「……でも、有難う。追いかけて来てくれて」
「お、おう。次からは勝手にいなくなんなよ」
なんだこいつ、珍しく萎れてるというか……ちょっと可愛くなってる気が……多分気のせいだろうけど。
「それにしてもアキト、何を捕まった宇宙人の様な状況になっているのかしら? ライバルに挟まれてまるで人質ね」
くすくすと笑いながらカヤはこう続ける。
「さて、不本意だけれどあなたの、いえ、あなた達の戦う理由は聞かせて貰ったわ」
モルドレッドが返す。
「どう、思った?」
「どうとは?」
「無意味だと、思うか? 死者の、汚名を、晴らすための、戦いは」
カヤは一も二もなく返答する。
「いいえ。戦う理由としては十分過ぎると思うわ。私も自分の夢を譲る気はないけれど」
「お前は、夢のため、だったか」
「えぇそうよ」
錬金術師の育成、それがカヤの夢だ。
一族ぐるみで錬金術を衰退させつつあるイスルギでは絶大な権力と発言力が無ければそれを達成することは出来ない。
だから俺たちは魔王メレフを倒さなきゃならない。
「夢の為……俺にも、夢が、あった。小さな、夢だが。とても、とても細やかな、夢」
「モルドレッド、無用な話は……」
モルドレッドはマドカの前に手を出してその言葉を遮った。
「俺は、自分を、守れなかった。村の皆を、護らなければ、ならなかったのに」
普段は鎧に包まれたその表情の裏側。
強い怒りや後悔が見て取れる。こいつの過去に一体何が……。
「マドカは、母の名誉を守ろうと、している。だから俺は、協力している。そして俺は……ごほっ! ごほ! 帰るんだ……ごほっ! あの……場所に」
喉を押さえながら咳き込んで苦しそうにするモルドレッド。
「モルドレッド!? だから無理をしてはだめだと! 長話は喉の負担になりますわよ!?」
「……擬似声帯ね。マドカ、あなたいつの間に高度な治癒術式を?」
「……守る一辺倒では新しい道は開けない。それではイスルギ・リサを越えられませんもの」
マドカは崩れ落ちたモルドレッドの腕を肩に回す。
「私は母が決して、イスルギ・リサに劣った存在ではなかったと証明してみせますわ」
「……そう、楽しみにしているわ」
マドカとモルドレッドは去って行った。
その後ろ姿を見ながらカヤが呟く。
「……すべては準魔剣が狂わせた運命よ」
「魔剣戦役……酷い戦争だったんだな」
「いつだって戦争は多くの物を奪うもの。六賢者が総じて語りたがらないのも無理はないわ」
カヤは近くに置いてあったバケツを拾い上げ、傍の水道で水を汲んだ。
「イスルギ・エリカ、私の伯母に当たる人よ」
カヤは柄杓で水を汲み、墓石にそっとかける。
「私が生まれる前には既に亡くなっていたけれど、生前もあまり良い扱いは受けていなかったようでね」
「マドカも言ってた。常に優秀な妹と比べられてたって」
「最弱の錬金術師、イスルギの失敗作……一部の心無い人々からはそう言われていたらしいわね」
カヤは墓石にそっと手を合わせる。
「私も、一時はそう言われていたこともあったわ」
「え?」
カヤは生まれてからずっとエリート路線を歩んでいるもんだと思っていた。
「気弱で、魔術の素養も無くて、からかわれて。あのイスルギ・リサの娘なのに、ってよく言われていたわ。その時に私を庇ってくれていたのがマドカよ」
一瞬、意外だなって思ったが一連の流れで腑に落ちた。
カヤは言葉を続ける。
「マドカからしたら、あの頃の無能な私と亡き母親が重なったんじゃないかしら。だから私を助けてくれていた……あの子は決して、悪い子ではないのよ」
その言葉尻に「気に食わない相手だけれど」と忘れずに付け足す辺りがこいつらしい。
「……さて、そんな昔話はどうでも良いわね。皆の所に戻りましょう」
「もう大丈夫なのか?」
「えぇ、心配をかけてしまってごめんなさい。期待してしまった分、ショックが大きかっただけよ」
エリカさんの墓石から離れるカヤ。
俺の目に再びその墓石の文字が飛び込んでくる。
「……カヤ、ちょっと気になることがあるんだが」
「なに?」
俺は【慧眼】のスキルを発動させ、墓石を眺める。
「この墓石の筆跡がさ、ウィルが持ってた手紙の筆跡と全く同じなんだよ」
ウィルの手紙とは、エストさんが行方不明になった数日後にウィルの元に届けられた手紙の事だ。
『竜の子よ、魔杖を求めなさい』とだけ書かれた差出人不明のその手紙。
カヤは俺が何を言っているのか理解できないと言った様子で首を傾げる。
「何かの間違いじゃないの? それに筆跡を見抜くなんて一朝一夕じゃ……」
「いや、間違いねぇよ。【慧眼】は『真実を見抜く力』なんだ。集中すれば書いた人間だって分かるかも知れねぇ」
俺は墓石の文字を注視する。この墓石の製作者とあの手紙の差出人は同一人物、それは間違いない。
なら、その人間を特定すればエストさん捜索の大きな手掛かりになるはずだ。
「……視えた」
墓石の横にウィンドウが出現し、墓石の製作者の名前が明らかになった。
「それで? 誰なの?」
「なっ……!? 嘘……だろ?」
辻褄が合わない。
だってあの人はあの状態なんだぞ……?
手紙をウィルに残すことなんて出来るはずがない。
「……アキト?」
「リサさんだ」
「……え?」
俺は墓石の製作者の名前を読み上げる。
「イスルギ・リサ……この文字を書いたのは、リサさんなんだよ」
一体、何が起きてんだ……?




