楯無明人/もう1人の錬金術師再び
――イスルギ・マドカ。
血縁上はカヤの従姉にあたる錬金術師。
常に人を見下す嫌な女で、お嬢様の様な高飛車な物言いも相まってあまり人からは良く思われない奴だ。
逃亡したカヤを探していたところ、辿り着いた墓地で偶然そいつを見つけた。
「マドカ!? なんでお前、こんなとこに……ん?」
こちらを向いたマドカの目からは何故か大粒の涙が零れ落ちていた。
「……無粋な男ですこと」
マドカは手で涙を拭って言葉を続けた。
「なんでこんな所に、と仰いましたわね? その言葉、そのままお返し致しますわ。ここはイスルギ領。この場でイレギュラーなのはむしろ、あなたですわよ」
マドカは先ほどまで眺めていたお墓に再び視線を向けた。
その墓石には『イスルギ・エリカ』と書かれている。初めて見る名前だがこいつにとって大事な人の墓なのだろうか?
それに……あの墓石の筆跡には見覚えがあった。本来なら気付きようもない共通点だが【慧眼】を習得した俺には見落としようがない点だった。
だが、その件は一先ず置いておこう。
「俺は野暮用だよ」
「野暮な用事で神聖な場所に訪れられては困りますわ」
なんか、以前のお嬢様の様なはっちゃけたテンションが鳴りを潜めている。
「なんかお前大人しくなってね?」
「ここでは自分を偽るのはやめていますのよ」
マドカは俺の質問に端的にそう答えた。
「いつものあのお嬢様みてぇな喋り方は虚勢だってことか?」
「もちろんですわ。まぁ、この口調は昔からですけれど」
「なんでいつもはあんなムカつく喋り方してんだよ?」
「ムカつくとは心外ですわね。自分をより強く、より気高く、より高貴に見せるためですわ。ただ、それも母の前だけでは控えていますのよ。嘘で塗り固めた自分を見せるわけにはいかないですもの」
「母親の前?」
俺は眼前の墓石に視線を向ける。
「じゃあ、この墓に眠ってるのは……」
「私の母親ですわ。18年前、私がまだ生後間もない頃に殺されて、ここに」
18年前……マドカの母親は魔剣戦役の犠牲者の1人だったのか。
ってことは、俺は母親の墓参りを邪魔しちまったって訳か。
「わりぃな、邪魔しちまって」
俺がそう言って頭を下げるとマドカは目を皿のように丸くする。
「あなたはおかしな人ですわね。マギステル決闘大会で生死をかけた決闘をした相手に謝るなんて」
「それとこれとは別だっての。それに俺が決闘したのはあの鎧の大男……って、モルドレッドはどこだ? いつもお前と一緒だっただろ?」
「呼べば来ますわよ。おいで、モルドレッド」
いつもなら鎧の金属音と共に現れたモルドレッドだったが、今日は違った。
じゃり、じゃり、と細かい砂を踏みしめる音と共に、木の陰からその男は現れた。
「……誰だお前!?」
現れたのは剣闘士の様なイカツイ容姿の男だった。
目付きは鋭く、身長は2メートルを超えており、高2男子の平均身長の俺をぎろりと見下ろしている。
「……」
その男は口をぱくぱくと動かして俺を睨んだ。
「おい、もしかしてこいつ……」
「えぇ、モルドレッドですわ」
「こいつが!?」
ここでまさか鎧の中身を見ることになるとは思っても無かったな。
「……」
ぱくぱくと口を動かすモルドレッドの中身。
「こいつ、全然喋らないんだが?」
「喋らないのではなくて、喋れないのですわ。怪我で声帯が失われておりますのよ」
自らの喉を指しながらマドカは言う。
大男に再び視線を向けるとその喉には痛々しい傷が見て取れた。かなり深い傷だ。
「……は? こないだまで喋ってただろ? カタコトだったが」
「それは私の魔術の力で一時的に疑似声帯を付与したまでですわ。この様に」
マドカは取り出した杖をモルドレッドに振るうと、きらきらと粒子が降り注ぎ、大男を覆う。
「……アキト、会いたかったぞ」
間違いない。くぐもってはいないが、あの鎧男の声だ。
「俺は出来れば会いたくなかったけどな」
「そう、構えるな。ここは、神聖な、場所だ」
どうやらここで戦うつもりはないようだ。まぁ戦えって言われてもこちらから願い下げだけどな。あと、相変わらず言葉が途切れ途切れなのは疑似声帯だからだろう。
「分かってるよ。俺も墓地で戦うような罰当たりな愚か者じゃねぇし、第一またお前の魔槍で腕を砕かれるのは勘弁だからな」
「そうか、なら良い」
モルドレッドは俺の隣に並んだ。他人のお墓の前でライバル達に挟まれるってどんな状況だよ。
「ここは、マドカの母の、墓だ」
「さっきも聞いた」
「彼女は、俺たちが、戦う、理由だ」
「そっちは初耳だな」
マドカが続く。
「イスルギ・エリカ。優秀な妹と比較され、その陰に埋もれたまま生涯を終えた最弱の錬金術師……そう言われていたらしいですわ」
カヤとマドカはいとこ同士。
つまり、マドカが言う『優秀な妹』というのはイスルギ・リサ。カヤの母親のことだ。
「私はその母の汚名を晴らすために旅をしていますのよ」
マドカのその言葉に返答をしたのは俺ではなかった。
「なるほど、それがあなたが魔王討伐を志す理由だったのね」
声がしたのは墓石の裏。
「……盗み聞きとは褒められた行いではないですわね」
「たまたまよ。それに、あなたに褒められたいだなんて思ってないわ、マドカ」
「相変わらず可愛くない従妹ですこと」
墓石の裏から姿を現したのはカヤだった。




