アルトリウス/【外伝】力無き日々④
ギネビアは国に戻り次第、速やかに埋葬された。
戦を終えると当たり前の様に声をかけてくれた彼女はもう口を開くことはない。
俺はこの心に大きな穴が空いたような得体の知れない感覚が『喪失感』というものだとを初めて知った。そんな事まで教えてくれなくて良かったのに。
「誰が撃った!?」
俺は宿舎の椅子を蹴り飛ばす。
「周りに敵はいなかった! 撃てるのは友軍だけ! 誰が上官殿を殺した!? 名乗り出ろ!!」
俺が剣に手をかけると数人の男が俺を取り押さえる。
「落ち着けアルト!」
「放せガロード! これが落ち着けるわけねぇだろ!?」
「この中には犯人はいねぇよ! 俺たちは剣しか扱えない! あんな的確に急所を撃ちぬける奴なんてこの場にはいねぇよ!」
こいつの言うことはもっともだった。
「はぁ……はぁっ……じゃあ、誰が……」
「……知らねぇ方が良い事もある。今はまだ戦争中だ」
「戦争の真っ最中なのがなんか関係あんのか?」
「俺の口からは言えない。が、お前も薄々気付いてるはずだ」
「……」
俺は辿り着きかけたその答えに蓋をして戦いに臨み続けた。
最期まで軍人として生き続けたギネビアの誇りと想いを受け継いで。
しかし、その思いとは裏腹に、俺にある変化が起きる。
「戦う相手と生まれた時代が悪かったな」
「ま、待ってくれ!」
「命乞いなら聞かねぇぞ」
俺は剣を振り下ろす。
「妻と子供がいるんだっ!!」
「っ!?」
剣を止める。
俺は……何を。
「死にたくない、死にたくない……あぁ、神様!」
「……」
今までならどうした?
斬っていた、確実に。勝つために、上官殿に勝利を奉げる為に必要だったから。
でも、もう勝利を捧げるべき相手はいない。
それに、俺がここでこいつを斬ったらこいつの家族は……。
「……失せろ」
「……え?」
「待ってる奴らが、いるんだろ?」
「……か、感謝する!!」
俺は初めて敵を見逃した。
大事なもんを失った俺に、大事なもんを持ってる奴を斬ることは……出来なかった。
「敵を逃がしたんだってな、アルト!?」
俺は壁に叩きつけられる。
「どういうつもりだ!?」
「……言い訳はしねぇよ。俺は敵を逃がした。以上だ」
仲間たちは心底不思議そうな目で俺を見ている。
そりゃそうだろう、敵を逃がせば戦力は削げない。つまり、今までの戦いは……仲間の死は、全てが無意味なものとなる。
『相手は確実に殺せ。容赦はするな』と骨の髄まで教え込まれているこいつらにとっちゃ、今の俺は理解の外の存在なんだろうな。
「良いかアルト、お前の気持ちは理解できる。だが、『それ』と『これ』は別だ」
「……別だと?」
俺はその男の胸倉を掴む。
「別じゃねぇんだよ! 俺の気持ちが理解できるだ!? 生半可なこと言ってんなよ! 俺の戦う理由はもう死んだ! 俺の目の前で!」
戦いは全て祖国の為に?
いや違う。
祖国なんてどうでもいい。
俺はギネビアの為に戦っていた。
こいつらはせいぜい、『上官が1人死んだ』くらいに思ってるのだろう。上官が死のうが、祖国が残っている以上は戦う理由も残ってる……それがこいつらの頭ん中だ。
だから『それとこれは別だ』と言える。
「俺にはもう……残ってねぇんだよ」
次第に俺は、剣をまともに握る事すら出来なくなっていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから3か月後、遂に戦争が終わった。
序盤の破竹の勢いが嘘だったかのように最後は泥沼化したが、最後は辛くもアヴァロンが勝利を収めた。
しかし、その頃には俺の隊の連中は半数以上がいなくなっていた。
「上官殿、終わったよ。全部」
俺はギネビアの墓の前に座る。
いくつか花が添えられている。やっぱ慕われてたんだな。
「俺、最後の方は何も出来なかった。剣もまともに握れねぇし、隊長の癖に囮ばっかやってたよ」
ぽつりぽつりと、雨が降り始める。
「いつも考える。俺にもっと力があれば、あの時上官殿を救えたんじゃないかって。俺が気を抜いていなければ、あんな銃弾……」
この雨はいつか止むのだろうか。
「なぁ、ギネビア上官殿……あんた最期に何を言おうとしたんだよ」
『私は……いつか、お前と……一緒に……』
それがギネビアの最期の言葉。
「ずりぃよ……あんたはいつも大事なことを言わねぇで結論ばっか話して……あんたの気持ちを知ってたら俺は……」
もうあの日には戻れない。
彼女の背中を追いかけることも、守ることも、抱くことも出来ない。
「……もう自分の存在価値が分かんねぇよ」
「それは実に丁度いい」
俺はいつの間にか数人の武装した男たちに囲まれていた。
王族直衛の者たちだ。
「……何の用だ? 俺はいま虫の居所が悪いんだが?」
「アルトリウス、貴様を反逆罪で処刑することが決まった」
命令に背いた日からこうなることは分かっていた。
「……上官殿。俺ももうすぐ、そっちに行くからな」
俺はそれを受け入れ、翌日に処刑されることになった




