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アルトリウス/【外伝】力無き日々③

「なぁ、アルトリウス」



 出陣前のテントでギネビアに呼び止められた。



「戦争はいつになったら終わると思う?」


「この俺が敵を全て屠れば終わる。以上だ」


「ふっ、今回も頼りにしている。……あ、そうだ」



 ギネビアは俺の耳元で囁く。



「婚姻の申し出、断ったぞ」


「……はっ!? なんで!?」


「部下に手のかかるガキみたいな奴がいてな。私がここを離れたらそいつが何をしでかすか分からん。以上だ」


「……上官殿……」



 俺がギネビアの顔を見ると彼女は頬を染めて顔を逸らした。



「わ、分かったらさっさと配置につけ!」


「了解!」



 心が躍った。


 ギネビアは婚約を拒んだ。


 ってことは、これからも一緒にいることが出来る。



「お、お前はまさか……アヴァロン最強の……!?」


「今日の俺はさいっこうに調子が良い。負ける気が一切しねぇ。まぁ、それはいつものことなんだけどな。さて、今日も上官殿に勝利を献上しようか!!」


「て、撤退!!」


「逃がさねぇよ! 全軍、俺に続け!!」



 俺は剣を右手に敵陣へと突撃していった。


 結果は言うまでも無く快勝、俺がいれば負けは無い。



「アルトリウス、無茶をするな」



 ギネビアが俺の手当てをしながら言う。



「いっつ!? もうちょっと優しくだな」


「無理だ」



 ギネビアは俺の体に包帯を巻いていく。時折密着する感じがなんともいえねぇな。もどかしいぜ。



「お前を失ったらこの国は終わりだ」


「大丈夫だぜ上官殿。俺は人類最強、負けることを知らない男だ」


「いつか、お前のその顔が敗北の悔しさで歪むところが見たいものだな」



 ギネビアがくすりと笑いながらそんな冗談を言った。



「そんなのは一生有りえねぇよ。爺さんにでもなったら分かんねぇが」


「では、それまで傍にいなければな」


「……え?」


「あ……」



 ギネビアは顔を赤く染める。


 ……顔が近い。


 まつ毛が長く、軍人に相応しくない程に肌はきめ細やかだ。


 どの町の女性よりも美しく、拒まなければ吸い寄せられそうな唇。



 そして。


 それを俺は拒むわけもなく、彼女もそれを拒まなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なぁ、アルトリウス」



 凱旋の道中、俺たちは馬に揺られながら話している。



「戦争はもうすぐ終わる」


「そうだな、そうすればこの国も安泰だ」



 俺がそう言うとギネビアは寂しそうな表情をした。



「あん? もしかして俺と離ればなれになるのが寂しいのか?」


「……それもある」



 ギネビアは珍しく萎れていた。



「私は生まれながらの軍人だ。自分は道具だと言い聞かせてここまで生きてきた。道具であることが、私の生きる意味であり、理由だった。戦争が終われば、私は価値を失う」


「んなこたねぇよ。今の上官殿なら嫁の貰い手だっていくらでもいんだろ。戦争が終わればすぐに結婚できるさ」


「何故そう言い切れる?」


「な、なんでってそりゃあ……」



 俺は隣の馬に跨るギネビアを見る。


 やっぱりいつ見ても気高く美しい女神の様な女性だ。


 戦争が終わったら……いや、今はまだ、蓋をしておこう。



「教えてやんね」


「ぷっ……なんだそれは。上官命令だ、教えろ」


「は!? 上官命令!? ちょっとそれは汚ねぇぞ!?」


「軍規則、第3条3節!」


「じ、上官の命令は絶対……」


「そうだ。分かったら大人しく」



 ――パンッ。



 突然、乾いた音が周囲に響き、


 どしゃりとギネビアが落馬した。



「……え?」



 視界からギネビアが消え、何が起きたのか理解出来なかった。


 数秒遅れて全身から汗がどっと吹き出す。



「じ、上官殿!」



 俺は自分の馬を下りて慌ててギネビアに駆け寄る。


 ギネビアの胸からはおびただしい量の血が流れ出ていた。


 直感で理解した。これはもう……助からないと。



「……ア……ル」


「上官殿! しっかり! 今止血を!」



 俺は傷口を力一杯に押さえる。



「止まれよ! 止まれ!!」


「もう……いい」



 ギネビアは俺の手を握る。



「死ぬのか……私は」


「やめろよ! そんなこと言うなって!! おい! 衛生兵!」



 駆け付けた衛生兵はギネビアを一目見て首を横に振る。



「お前らの仕事だろうが! 早く! 早く上官殿を!!」


「アル……ト」



 ギネビアは初めて俺をその名前で呼んだ。



「なんだよこんな時だけ! 目を瞑るなよ! 上官殿!」


「私は……いつか、お前と……一緒に……」



 ギネビアは血に濡れた手で俺の頬に触れ微かに微笑んだ後、次の瞬間にはだらんと腕は地面に転がった。


 

「……おい、冗談だろ?」



 先まで溢れ続けていた血がぴたりと止まる。



「上官殿……? おい、ギネビア……ギネビア・コルセット!」



 体を揺する。


 反応はない。



「あ……あ……ぁ……」



 こうして俺は。



「ぁあああああァああぁ!!」



 俺はかけがえのないもんを、失っちまった。

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