アルトリウス/【外伝】力無き日々②
その翌日、俺はその女性の配下に入ることになった。動機は割と単純というか、惚れちまったのさ、その女性に。
名前はギネビア・コルセットといった。
女性らしい美しい名前だというのに、自分は軍人だからと彼女は名前で呼ばれるのを嫌っていた。
「ギネビア上官殿」
俺がそう言うと決まって彼女は剣の柄に手をかける。
「アルトリウス、何度言ったら分かる? 私の事はコルセットと呼べと言っているだろ?」
「上官殿こそ何度言わせるんだ? 俺のことはアルトで良いって言っただろう? それにコルセットってなんか道具っぽくてやな感じだろ?」
「それは極めて正しい考え方だ、アルトリウス。軍人は国にとってはただの道具だ」
「お固いねぇ。だから嫁の貰い手も」
「何か言ったかね?」
「何も言ってないであります!」
強く美しく、気高く、それでいて逞しい女性だった。
本人は男として育てられたとか軍人だからとかで男らしく振る舞っていたが、時折見せる女性らしい仕草や表情が物凄く輝いていた。
俺はどんどん彼女に夢中になっていった。
「アルトリウス、今回もお前の働きに期待している」
「あぁ、任せておけ。ギネビア上官殿」
「よし、戻ってきたらその首を綺麗に刎ねてやろう」
「またまた冗談キツんだから」
「冗談だと思うか?」
「……まじ? だけどまぁ上官殿みたいな美人になら……いやいや、そしたら上官殿との時間が……おぅ、悩ましい二択だな」
「ぷっ……ふふ、冗談だ。帰りを待っている。死ぬなよ」
「おうっ!」
戦の最中も彼女のことを片時も忘れたことはなかった。
他の連中が祖国の為だとかなんとか言っていようが関係なかった。俺はギネビア上官殿に勝利を献上するためだけに剣を振るい、屍の山を築き続けた。
そして、俺の通り道に無数の死体が転がるのが軍の一般常識みてぇになる頃には、俺は隊長の座に収まっていた。
――これはそれから更に1年後のことだ。
「上官殿が婚約!? 相手は!?」
俺は同じ隊の男に掴みかかって問い詰める。
「苦しいぞアルト! 落ち着け!」
「あ、悪ぃ。だけど、その話は本当なのか!?」
「あぁ。お前の事だ、おおかた婚約を御破算にさせようとしてんだろうが、今回の件はいくらお前でもどうすることも出来ない」
「そんなのやってみなきゃ」
「分かるんだよ。相手は王族だからな」
「……は?」
この1年でギネビアはそれなりに有名になっていた。
彼女の部隊だけ死傷者が抜きん出て少なく、どの様な戦でも勝利を収めてくる戦女神の様な扱いをされていた。
「上の連中はな、それがアルトの活躍だって知らない。コルセット准将が目を付けられるのは当然だ」
「目を付けられるってどういう」
「過ぎた力は我が身を滅ぼす、そういうことだ」
「……は? クーデターを恐れて上官殿を手中に収めて手駒にするってのか!? 飼い犬じゃねぇんだぞ!? それに上官殿が自国に立て付くわけがないだろ!?」
「それを俺に言うなよ! 言いたいことがあれば准将に直接……おいアルト!」
俺はすぐに上官殿の部屋へと向かった。
「なんだアルトリウス、こんな夜遅くに」
「ギネビア上官殿に話が!」
「貴様何度言ったら……待っていろ、すぐに剣を持って来る」
「あぁ待った待った! 今日はそういうの良いから! 婚約の話をしに!」
「……誰から聞いた?」
俺は一連の事を話した。
「私が国に刃向うだと? 有りえんな」
「じゃあ婚姻の申し出は」
「当然、受けようと思っている」
「やっぱそうだよな! 受けるわけ……えぇえええ!?」
俺は椅子から転げ落ちる。
「何故貴様がそんなに驚く? よく考えてみろ、私は軍人。国王の命令とあらば、それに従うのみだ」
「だからって、婚姻まで無理に!」
「アルトリウス、以前にも話したが私は軍人であり、国の道具なんだよ」
「そんな……だからって女としての幸せまで売る必要はねぇよ!」
「……女としての幸せ、か。案外ロマンチックなことを言うのだな、お前は」
ギネビアはくすりと笑って俺に語りかける。
「アルトリウス、お前は不思議な男だ。雲の様に掴み所が無い癖に、剣を握らせれば一騎当千、いや、当万の力を発揮する。私は今までお前に救われてばかりだった」
「……上官殿?」
まるで別れの言葉みたいだと思った。
「その上女遊びが激しく、しょっちゅう宿舎を抜け出して町に繰り出していたな」
「げっ……なんでそれを……!?」
「そして、最後まで私の寝床へは来なかった」
「……?」
上官殿は俺に背を向ける。
「今日の所は帰れ、アルトリウス。この話は忘れろ」
――戦争が激化したのはそれから2週間後の事だった。




